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「水崎白希って、ちょっと言い難いな」
「あはは、そうかもしれません」
か行が二回くると、はきはき喋らなきゃいけない気になる。あくまで勝手なイメージだけど、電話の際は意識しようと思った。
「でも白希君の印象は変わらないよ。爽やかな感じじゃん?」
「まぁ、そッスね。俺白希の旦那さんに会ってみたいな~」
「本当ですか!? 宗一さんも喜ぶと思います! 話してみますね!」
にっこり微笑むと、彼らは眩しそうに顔を手で覆った。
「やばい……白希君から幸せオーラが溢れ出てる」
「俺も。何か後光がさして見えます」
何故か分からないけど、彼らは急にぐったりしてしまった。
またまずいことを言ってしまったかと、慌てて二人に珈琲をいれた。結果的に「お前が幸せならそれでいい」と言われ、困惑しながらバイトを終えた。
帰り道、自転車の邪魔にならないよう端を歩く。
夕暮れの空を見上げながら、ゆったりと前を歩いた。
結婚後に必要な手続きも何とか終えたし、何もかも順調に回ってる。
順調過ぎて怖いぐらい。だから、何か良くないことが起きるような不安に駆られている。
神様が本当にいたとして、欲しいものばかりくれるはずがないから。
「白希君?」
清流のような、澄んだ声が鼓膜に届く。
「あ。こ、こんばんは!」
顔を上げると、そこには先週ぶりの大我さんがいた。彼は耳からイヤホンを外し、こちらに歩いてくる。
「久しぶり。家この辺なの?」
「はい。大我さんは?」
「俺は、知り合いの家に遊び行ってた帰りなんだ。後、この前はありがとね。文樹は酒弱いくせに飲み過ぎるんだ」
砕けた調子で話す彼に、自然と力が抜けた。やっぱりフレンドリーだ。文樹さんの話とは違い、彼からは警戒心なんて全然感じない。
文樹さんを送ってくれたことに改めてお礼を言い、駅に向かって歩く。
道中、質問攻めにあった。
他愛のないことから、出身地や今の生活に至るまで。軽く半生を語ってしまうところだったけど、宗一さんのレッスンのおかげもあり、ある程度嘘も織り交ぜて誤魔化した。
申し訳ないけど、あまり本当のことは言えないもんな。実家は燃えて、家族は皆行方不明なんて。
それなのに自分は安全圏に逃げ、不自由ない生活をして、好きな人と結婚までしてしまった。……何も知らない人からしたら疑問符しか浮かばないだろう。家族が大変な時に、一体何をしてるのだと。
俺が幸せになってはいけない理由は、それも関係がある。
「ええ、新婚なんだ! おめでとう!」
「ありがとうございます」
宗一さんのことは伏せて話すと、彼は驚きつつも拍手してくれた。結婚相手が同性であることを告げると、今どき珍しくないよ、と答えた。
「羨ましいな。……随分楽しそうに生きてて」
「え?」
突然手のひらがひりひり痛んで、違和感に足を止めた。
それと並行し、重たいなにかが蠢く。
妙な焦りを覚えたけど、その空気は長く続かず、大我さんの軽快な着信によって掻き消された。
「あっ、ごめん! また呼び出されてるのかも……白希君、俺ちょっと電話しないとだから、またね。気をつけて!」
「は、はい。すみません、失礼します」
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