夫婦の契り

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誰かと話す度、自分の外殻が水面から姿を現す。 世間知らずな自分。自信のない自分。でも、常に周りに助けられている自分。 俺一人の力でなにかを成したことなんてひとつもない。いつだって宗一さんや、周りの優しい人達に守られ、支えられて生きている。 これではいけない。 変わりたい。そう思うほど雁字搦めになって、身動きがとりづらくなる。 誰もが当たり前に生きてるのに、俺は未だに“生かされてる”としか思えない。 「あっ!」 サコッシュを掛け直して歩き出そうとした時、前から歩いてきた小さな男の子が段差に躓き、豪快に転んでしまった。 「大丈夫ですか!?」 慌てて駆け寄る。見ると、彼は膝を擦りむいてしまっていた。可哀想に、とても痛そうだ。 「た、立てますか?」 「うん」 少し瞳が揺らいでいたが、手を取って起こすと、男の子は掌についた土をはたいて落とした。 泣かなかったのはとても偉い。でも子どもと関わった経験が少ない為、身を案じる以外の言葉が全く出てこない。 うぅ、大人なのに。 自分の対応の下手さに絶望しつつ、ポケットから絆創膏を取り出した。 「えっと、家に帰ったら水で洗って、これは貼り替えてくださいね」 宗一さんがくれた絆創膏はなにかと活躍してくれてる。男の子の膝に貼ってあげると、彼はようやく笑顔を見せてくれた。 「お兄ちゃん、ありがとー!」 手を振り、また走り去って行った。 こちらも手を振り返し、ゆっくり立ち上がる。 転んでもまたすぐ走り出せるところは、強くて羨ましい。 子どもとはそういうものなのかもしれない。痛い思いや苦い思いをしても、同じことを繰り返して大人に怒られる。 そういえば木に登ったらいけないって言われてたのに、小さい頃桑の実が食べたくて、よく裏庭の木に登っていた。 何度か落ちて擦りむいて、その度に兄に怒られたけど、それより甘いおやつが食べたくて懲りなかった。 やりたい事のためならリスクなんて考えない。子どもは存外強く、逞しい。 自分にもそんな時期があったんだ。思い出して少し可笑しくなる。宗一さんに言ったら、彼も笑ってくれるかな。 懐かしさに目を眇めて、あたたかい家に向かった。 「お。おかえり、白希。お邪魔してるよ」 「雅冬さん! お久しぶりです!」 家に帰ると珍しく宗一さんが先に帰っていた。奥にはスーツ姿の雅冬さんもいて、テーブルに書類を広げている。 「お仕事中ですか? お茶入れたら、俺は部屋に戻りますね」 手を洗ってダイニングへ向かうと、宗一さんは前で手を組み、にこやかに笑った。 「いや、新居の相談をしてたんだ。どうせ家を買うなら私がデザインした家に住みたいと思って」 「え!?」 中々ビッグなワードが飛び出し、その場で硬直する。それを見た雅冬さんは、露骨にため息をついた。 「まぁ、急がなくていいと思うぞ。せっかくここでの暮らしに馴染んできたのに、いきなり環境を変えたら白希も大変だろうし」 「確かにね。すぐじゃないから安心して、白希」 「あ、ありがとうございます」 彼と一緒なら最終的にはどこにだって行くし、後は経済的な事情さえクリアすれば何の心配もない。 でもまだバイトの契約期間があるし、それまではここにいたい。お茶を入れ直し、書類から離れた場所に二人のカップを置いた。
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