夫婦の契り

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「白希は自然に囲まれた場所で生まれ育ったから、もう少し緑に近い場所に住むのもいいと思うんだ。どうかな?」 「お~……! 素敵ですね。お散歩するのに良い場所が多いと嬉しいです」 「そうだろう。部屋は何個欲しい? 郊外なら星も少し見えるだろうから、空が見えるよう天窓をつけるのもありだよね。もし白希が免許をとったら車も二台必要だし、駐車場は広めに、庭はイングリッシュガーデンのようにするのも」 「ストップ!! ディテールは後だ。まずは場所を決めてから」 雅冬さんは宗一さんの口に手を当て、頭が痛そうに座り直した。 「あのな、宗一。白希の為にあれこれ考えるのは本当に良いことだと思う。でも見える部分ばかりお金をかけるのは程々にな。白希は世間一般の金銭感覚をこれから知っていかなきゃいけないのに、お前が浪費したらめちゃくちゃになるだろ」 「妻にお金の苦労をかけさせたくないというのは、世間一般の感覚だろう?」 「いや、そうなんだけどさ……。お前は変なところでズレてるから心配なんだよ」 雅冬さんの心労は絶えないみたいだ。 何だかこちらまで申し訳なくなる。俺が無知だから困ることもたくさんあるわけで。 こういうことがある度、宗一さんの隣にいるのが不安になる。 「お恥ずかしいことに俺は家の相場とか全く分からないんですけど……今時給千円でバイトしてるので、千円は大金です」 恐る恐る言うと、宗一さんは誇らしげに何度も頷いた。 「うんうん。素晴らしい。白希はお金の大切さをよく分かってるね」 「お前が言うと説得力ないぞ。ていうか何、バイト!? 白希が!? すごいじゃないか!」 雅冬さんは驚いて立ち上がり、俺の頭を撫でてきた。 「あの白希が働いてるなんて……。うわぁ~、姪っ子が受験受かった時と同じぐらい嬉しい!」 「あはは、ありがとうございます」 自分が思ってる以上に心配させてしまってたみたいだ。でも喜んでる姿を見ると、こっちまで嬉しくなる。 「バイトはどう。大変?」 「ええ、働くこと自体初めてなので……でも店長も俺ができる仕事を振り分けてくださって、分からないことは丁寧に教えてくれるんです。本当に感謝しています」 「それは良かった。……辛いこともあるかもしれないけど、白希は一歩ずつ成長してるよ。今月二回目になるけど、本当におめでとう」 雅冬さんのお祝いの言葉を胸に刻み、恭しく頭を下げる。照れくさいけど、嬉しい。 「お……俺、夕食作ります! 雅冬さんも是非召し上がってください!」 「え、いいの?」 「もちろん! あ、宗一さん……」 慌てて振り返ると、宗一さんは少し笑って手を振った。 「私に訊く必要はないよ、白希。最初からずっと、ここは君の家なんだから」 優しい笑顔、優しい言葉。 ……そうだ。夫婦とか、恋人とか意識する前から……彼はずっと、“ここにいていい”と言ってくれていた。 当たり前のように居場所をつくってくれた。 自身の不甲斐なさに揺れてる場合じゃない。最愛のひとに、俺は何があってもついていくんだ。
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