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硝子玉
不思議な感覚だった。
小さい頃しかちゃんと関われなかった弟が、立派な青年に成長して佇んでいる。ふざけてると思われるかもしれないけど、未来にタイムスリップしたみたいだ。
余川直忠は、弟の白希を前にし、どこか他人事のように今の状況について考えていた。
弟は自分に怯えて逃げ出すかもしれない。もしくは強い怒りをぶつけてくるかもしれない。どちらも容易に想像ができたし、覚悟もしていたが、彼は至って冷静に、だが心配そうに近付いてきた。
「兄さん……良かった。やっぱり無事だったんですね……!」
「白希……」
あまりにもまっすぐな瞳を向けられ、思わずたじろぐ。
無事で良かった、とこっちが言うつもりだったのに。……驚き、初っ端から躓いてしまった。
それは全て、彼の至純な心が生んだもの。
細く小さな手を握る。言わなくてはいけない言葉はまだまだあったのに、気付いたら涙が零れていた。
「兄さん? だ、大丈夫ですか!?」
怪我をしてるのか尋ねられ、違うと答える。
見た目は変わっても、ドがつくほど天然なところや、人一倍優しいところは変わってない。それが分かっただけで充分だ。
「すまない……」
ようやく搾り出せた言葉な何とも弱々しく、届いたかどうかも分からないものだった。だが白希はハッとした様子で、首を横に振った。
「久しぶりに会えて嬉しいよ。でもひとりで出てきて大丈夫なのか、……直忠」
「あぁ。多分、大丈夫」
直忠の言葉を聞き届け、宗一は部屋のカーテンを全て閉めた。中央のソファには、彼と白希が対面に座っている。
宗一は白希の隣に腰掛け、彼の頭をぽんと撫でた。
「驚いた?」
「も、もちろん。でも、安心しました」
困惑しつつも胸を撫で下ろす白希に、宗一はふっと目を細めて笑う。そして目の前に座る直忠にも笑いかけた。
「兄弟水入らずのところにいて悪いね。席を外そう……と言いたいところだけど」
「いや、ここにいてくれ。その方が白希も安心だろうし」
直忠は白希に目をやり、自身の膝に手を乗せた。彼と白希は外見は似てないが、ふとした仕草が上品で、重なる部分がある。
そして今日は眼鏡をかけ、時間を気にしていた。
「長居はしないよ。俺としては、もう充分だから」
「充分? まだ全然白希と話してないじゃないか。それとも私と白希の新婚エピソードでも聴くかい?」
宗一がわざと茶化すと、宗一は初めて笑みをこぼした。
「そうか……本当に結婚したんだな」
「ああ。白希はまだ大勢の目に触れるのは良くないと思って、式も上げてない。全部延期にして、もう少し落ち着いてからやろうと思ってる」
「そう……」
白希は二人のやりとりをじっと見守る。その時直忠と目が合い、内心慌てた。
宗一は異常なほど落ち着いてるし、直忠はこれまでどこにいたのか分からないし……本当は訊きたいことが山ほどある。
それでも、それらは直忠のたったひと言で動きを止めた。
「白希。先に言わせてくれ。……おめでとう」
この流れなら当然だ。だが白希にとっては、それは予期しないひと言だった。
彼が自分の幸せを祝ってくれるなんて。
「あ……りがとう、ございます……」
途切れ途切れにお礼を言った。
無言で見つめ合い、長い時間を埋めるように互いの姿を目に焼きつける。
白希にとっても、兄は遠い存在となっていた。宗一とは旧友のような関係のはずだが、数年単位の再会には見えない。恐らく、もっと直近に会っている。
その想像は当たって、直忠はゆっくりと言葉を紡いだ。
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