硝子玉

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壮麗な屋敷に赴いても、必ずしも彼を見かけられるわけじゃなかった。やはり彼は基本人目を避けて生活していた。何故なのか直忠に尋ねたこともあったが、曖昧にされて納得のいく回答は返ってこなかった。 あんなあどけなさの残る少年が気になる自分も、少しおかしい。頭では分かっていたけど、どうしても考えてしまう。 宗一は舞踊のことは分からないが、一目見て、彼の舞に魅了された。あれほど才能に満ちた少年も、こんな村に取り込まれて、この中で終わっていくんだろうか。途端に自分のことのように感じられて、悪寒に襲われた。 外を見ないと駄目だ。そう考え直させてくれたのも、彼のおかげだ。 綺麗なものならたくさん見てきた。でも彼は綺麗なだけじゃない。その中にはきっと、血を吐くような努力と、苦しみがあったはずだ。 葛藤は醜いものではなく、美しいものなのだ。 白希の細い指先が清流のように流れる。ひとつひとつの動作を目で追いかけて、宗一は拳を握り締めた。 ────現実が戻ってくる。 舞い落ちる木の葉のように床に片膝をつき、白希は俯いた。羽織りを頭までかぶった後、立ち上がろうとしたが……急にバランスを崩し、ソファの角に顔面をぶつけた。 「いった!」 「白希! だ、大丈夫!?」 つい見蕩れてしまっていたが、我に返って白希の元へ駆け寄った。彼は大丈夫と言い、笑いながら額を押さえた。 「あはは、すみません。久しぶりにずっとつま先で立ってたら吊りそうになっちゃって。それに回ってたら頭がくらくら……」 「羞恥心は抑えられたみたいだけど、……そもそも酔った状態で舞うのは危険だね。気付かない私も悪い」 お互いに顔を見合せ、笑った。 もう十年以上前のこと……彼は知らないだろうけど、自分は時間を巻き戻している。 宗一は目を眇め、白希を抱き起こした。 「魅せてくれてありがとう。やっぱり、綺麗だった」 「こちらこそ、ありがとうございます。宗一さんのお願いだったのに、恥ずかしくて……実際数年ぶりで、酷かったと思いますけど……」 音もないし、と彼は頬をかく。けど無音の方がより、彼の繊細な表現に集中できた。 宝物を抱き、深呼吸する。 「懐かしい匂いがする」 「この羽織りですかね?」 白希は袖を引き上げ、くんくんと嗅いだ。これは白希の祖母が亡くなった後、ずっと傍に置いていたらしい。幽閉されるようになってからも、祭りの時だけはこの羽織りを使って舞いを披露することがあったと言う。そうすることで村の者には彼の生存を証明していた……ということになる。 「えへへ……外にいると、古めかしい匂いがしますよね。でも納屋に閉じこもっていた時は、これから外の香りがしてました。おばあちゃんの大切な形見だし、俺にとっては外との繋がりを思い出させてくれる宝物なんです」 これが燃えなくて本当に良かった。白希は羽織りをそっと引き寄せ、尊ぶように布を頬に寄せた。 「可愛いから、そういうことしないで」 「ええっ」 この羽織りを汚すわけにはいかないので、丁寧に彼から脱がしていく。そして机に置いた後、小さな口を塞いだ。 「白希……っ」 自分はずっと、彼に熱中していたんだ。 普段は忘れるように努めていたけど、心のどこかでずっと求めて、手に入れたいと思っていた。 だから彼から手紙が届いたとき、本当に嬉しかったんだ。 私は繋がりを求めていた……。 床にうずくまったまま、彼に口付けした。 長い時間だったせいか、白希の顔は赤みをなくし、酔いも醒めていた。急に手を止めた自分を不思議がっている。 息が荒い。わずかにはだけた襟元から、薄く色付いた肌が見え隠れする。 「宗一さん? ……その、続きは……」 恥ずかしそうに俯き、シャツを掴んでくる。そのいじらしい姿に笑いがこぼれた。 「続きはベットで。ね?」 白希の小さな手にキスする。少しわざとらしいけど、彼はいつものように、嬉しそうに笑った。
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