硝子玉

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この前は恥ずかしいことしちゃったなぁ……。 後悔しても後の祭り。それでもやっぱり、冷静になればなるほど身震いする。恐怖ではなく、自分の向こう見ずな行動に辟易しているのだ。 酔えば、舞いをするのも恥ずかしくないなんて……確かにやってる間は大丈夫だったけど、記憶はしっかり残っている。酔いが醒めてからは、しばらくあの夜に戻って過去をリセットしたい衝動に駆られていた。 もっとも宗一さんは上機嫌で、とても喜んでくれていたから結果オーライかもしれないけど。そういうことを抜きにしても、人に見せられる出来じゃなかった。ああ、もう記憶だけ消したい……。 「しーろーき! 何ぼーっとしてんだ?」 「わっ!?」 突然背中を叩かれ、持っていたファイルを落としそうになる。振り返ると、文樹さんもびっくりしながらファイルを掴んだ。 「何、何か悩みでもあんの?」 「いえ! すみません、大丈夫ですよ」 バイト中だというのに、これはいけない。無理やり思考を切り替え、キャビネットの中にファイルを仕舞った。 「そういえば文樹さん、きみ子さんはお元気ですか? またなにかあれば、ボランティアのお手伝いに行きますよ」 「お~、いつも悪いな。来月また街道の花植えやるらしいから、来てもらえると助かるかも」 彼から聞いたスケジュールをスマホのカレンダーに打ち込み、二つ返事でOKした。実はあれから、文樹さんの都合が悪いときは俺がきみ子さんと一緒にボランティアに参加している。家でじっとしてるよりずっと有意義だし、年長の方達の話や意見を聴く場はとても貴重だ。行く度に勉強になるから、むしろ進んで役所に足を運んでいた。 今では顔見知りの人も増えて、行くのが楽しくなってる。 文樹さんは就職活動を控えている為、これからはバイトも徐々に減らしていくだろう。俺も店長の好意で置いてもらってるから、この後のことは分からない。 資格の勉強をしたり、本格的に考えていかないと。 「あんま考えすぎんなよ~? お前って深刻に考えて、泥沼にハマってきそうだからな」 「泥沼……!」 なるほど、一理ある。俺は心配性だから、文樹さんみたいに堂々とかまえる姿勢も必要だ。 でもこれは性格も関係あるし、中々変われないかなぁ。 バイトが終わった後、久しぶりに二人で話した。駅前の広場で、飲み物片手に雑談を交わす。 今日は珍しく、文樹さんがアンニュイだ。もしかしたらもしかすると、恋の悩みかもしれない。 「何か……俺って変なのかな、って最近思っててさ。大学の奴には話せなくて、白希に聴いてほしいんだ」 「俺でよければ、もちろん聴きますよ。何があったんですか?」 「気になる奴がいるんだ」 恋だ。ドリンクを横に置き、ぐっと前に乗り出す。 「でも勘違いかもしれない。ずっと一緒にいるから、恋愛と勘違いしてるのかも」 「そんな……。意識してるということは、その人にだけ特別な感情を抱いてるということでしょう? 勘違いじゃなくて、フィーリングが合ってるんですよ」 運命の人かもしれませんと笑うと、彼はげんなりした顔で呟いた。 「お前は他人のことになるとポジティブだな~……。自分だったら絶対慌てふためくだろ」 「え! す、すみません。そんなつもりじゃ……」 確かに、俺は自分のこととなると急に不安になる。自分に自信がないから。 でも俺以外の人は皆物事を器用にこなしてるように見えて……だから、当たって砕けろの精神でも何とかなるように感じてしまう。 それもちょっと適当過ぎるか……。文樹さんに申し訳なくなり、隣で一緒に項垂れる。 「ま、でも……そいつのことだけ意識してる、ってのは間違いないな。お前の言う通り、特別な存在なんだよな。……あんがと」 軽く頭をぽんぽん叩かれる。なにかの気付きになれれば幸いだけど、助言はできそうにない。 文樹さんが気になってる相手は同じ大学の子みたいだけど、まだ深く訊くべきじゃないのかな……。 「あれ。白希?」 前から自分の名を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げる。そこにはスーツ姿の雅冬さんがいた。 定時上がりのサラリーマンが行き交う場所だから、声を掛けられるまで全然気づかなかった。慌てて立ち上がり、軽く会釈する。 「こんばんは。お仕事終わったんですか? お疲れ様です」 「あぁ、おつかれ。……と、こちらはお友達?」 「はい。友達で先生でバイト先の先輩の、文樹さんです」 にこやかに紹介すると、文樹さんは苦笑しながら立ち上がった。 「だから先生はやめろって。ども、白希と同じバイト先の蜂須賀です」 「あはは、真岡です。白希とは……なんて言えばいいのかな。あ、そうそう。俺の上司が、白希の夫で」 へえ、と文樹さんは目を丸くする。不思議な繋がりだから違和感を覚えたかもしれない。 その直後、雅冬さんの後ろからもう一人現れた。 「雅冬? ……と、白希じゃないか」 「あ。宗一さん!」
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