ブルースター

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 ◇◇◇  彼とは私の勤務する外科病棟で出会った。  初めて彼を見た時、イケメンだなと思った。長身で筋肉質な体つき、日に焼けた肌、後ろで束ねた艷やかな黒髪、歯並びの良い白い歯、濃い眉毛で二重まぶたの綺麗な瞳、少しタレ目で、笑いジワが刻まれた目尻が強く、記憶に残った。  入院患者に警視庁の女性警察官がいて、その彼女の見舞いに同僚の男性警察官数人が毎日入れ代わり立ち代わり来ていたが、中でも長身でイケメンの警察官二人は同僚たちの間で噂になっていた。  でも皆が警視庁の警察官だと思い込んでいた同僚たちは、イケメンの一人である彼が群馬県警の警察官だと知って一気に冷めた中、私は群馬出身だから何とも思わなかった。  実家は太田市にあって彼の自宅がある高崎はそんなに遠くないから、私は頭に浮かんだままの言葉を彼女に伝えると、数日後に彼女からフルネームと連絡先を聞かれた。 『群馬県警の中村さんが、看護師さんの連絡先を聞きたいそうでして……もしよろしければ教えて頂けたらなと思いまして。もちろん、差し支えなければ、です。私どもの立場上、ご無理にとは、申し上げられませんので……』  彼女は、私が彼の自宅がある高崎まで『横浜から湘南新宿ライン一本で行けますね』と言ったから、彼は喜んだと言っていた。  チャンスはどこに転がっているかわからないものだなと、胸が高鳴る感覚に心躍らせ、私は彼女に連絡先を託した。  電話番号と、フルネーム。  彼女は白いメモ用紙に私の電話番号と名を書き記していた。  私の名――安原(やすはら)美波(みなみ)――を惚れ惚れするような美しい文字で。  数日後、病院の階段で彼と鉢合わせした。彼女の見舞いに訪れ、彼は帰るところだった。お互いに驚いたが、私は会釈をして通り過ぎようとして、呼び止められた。安原さん、と。  そして間を置かずに、柔らかで潤いのある彼の声が私の耳に流れ込んだ。 『今、加藤に、安原さんに宛てた手紙を渡しました。お返事を頂けたら嬉しいです』  そう言って彼は微笑み、階段を降りていった。  だが、加藤さんに託された彼の直筆の手紙を見た時、私は少し後悔した。  筆で書かれた手紙は美しい文字で、達筆で、私は読めなかったのだ。なんとなくで読み進めていたが、おそらく『手紙のやり取りで交流を深めましょう』という意味合いの言葉が書いてあったのだと思った。  私は返事をすぐに書いた。正直に『読めません』と。  字はお世辞にも綺麗とは言えない上に読めませんと書かれた手紙を読んだ彼は、私を頭の悪い女だと思うだろうな、せめてペンで書いてくれればよかったのにと、イケメンの彼を思い浮かべながら私は返事を書いた。ひとつの疑問は伏せて。  それから一ヶ月経っても返事は来ず、入院していた加藤さんはすでに退院していたこともあって忘れかけていた頃、彼から連絡が来た。  電話口の向こうの彼は穏やかな声だった。 『藤川(ふじかわ)です。ご連絡が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。お手紙を頂き、ありがとうございます。実はまた横浜へ行くことになりまして、ぜひお会い出来ないかと。いつが、ご都合がよろし――』  矢継ぎ早に話を進める彼についていけず、電話口で咄嗟に彼のペースを止めた。私は一方的に話され困惑したと同時に興味を持った。いったい彼は誰なのだろう、と。  
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