歪んだ心。

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歪んだ心。

私は、夢菜。 今、私は… 深夜1時の、薄暗い森を走っている。 街灯もなく、薄気味悪い真っ暗な視界…。 私は、はぐれないように 必死に母の手を握り 全速力で「何か」から逃げている。 息を切らし、何度も振り返る母の目から 流れる涙の意味を、まだ理解出来ずにいた。 そして… 私は、この時の不思議な感覚を 未だに覚えている…。 暗闇の森の先に、タクシーの 光るテールランプ。 その光を辿り、母は一言呟いた…。 「…あぁ、助かった…」と。 森を抜けた先に 見上げた空一面の、無数の星。 あの時の私は、まだ4歳だった。 小さな体には限界もあり 足がもつれ、私は転倒してまった。 「…夢菜ッ!!」 母の手が、私の手から離れ 私が、見上げた瞬間に 目の前の母は 「私」ではなく「何か」を見ていた。 怯えたように震え、交互に 「私」と「何か」を見る。 一瞬、母が 私を置き去りにしようとしていた事に 幼いながらに感じてしまい 「…ママ!行かないで!」 私の叫び声に、我に返る母が 私を抱え、タクシーに乗り込む寸前 私は「何か」に足を捕まれた。 「お前らぁァァ!俺ぇからぁァ、逃げられると思うなよ! ヒャヒャヒャッ!!」 呂律の回らない低い怒声と 不気味な笑い声。 振り返った瞬間「何か」は 私の父だった。 「…運転手さん!出して!早く!!!」 …ハッ、、として ここで、いつも私は目を覚まし 額の、汗を拭う…。 この後の、記憶はなく たまに、こんな風に 夢で見るような古い記憶。 もう、この記憶から 何年も、あとから知った話だけど… 私の人生の、一番古くて忘れられない あの暗闇の森を駆け抜けた けもの道の記憶。 薬物に溺れ、気が狂い 母の首を絞め殺そうとした父に 私が絵本を投げつけた事が原因で 逆上した父が、理性を忘れ 私にまで刃物を振り回してきた事で 母は、逃げたのだと話してくれた。 そして… あの日、全てが始まった。 あの瞬間から 「母親」ではなく「女」としての 母の人生の波に飲み込まれながら 成長して行くしかなかった。 生きていくために 母が選んだ次の「父」は 良い人の仮面を被った悪魔だった。 小学校に入学して まだ、間もない頃の私は 周りの大人達から「可愛い」と言われて育った。 新しい父は、お金持ちで 不自由なく生活ができていた。 …と思っていた。 私の義理のおじい様は 名の知れた地主のお家柄で 父も少なからず恩恵を受けていた。 だから、私は 周りの大人達に「お嬢様」なんて言われ 蝶よ花よと育てられていた。 母は、いい人と結婚できたわね! 玉の輿よ!…なんて当時は言われていた。 傍から見れば、連れ子のバツイチが 素敵な人と結婚… そんな風に見えたのだろう。 実際、父は役所務めで 真面目が取り柄のような いつも、周りに気を使い 笑顔が耐えることの無い人だった。 だけど、それは「表」の顔だった。 母と父が知り合ったのは 母が勤めていたスナックでの出会いだった。 父は、周りからの評価を気にする性格で 常に「いい人」を演じる事に 過度のストレスを感じながら生活をしていた。 おじい様には内緒で借金を作り その金額は数百万にも膨れ上がっていた。 それでも手当り次第に 毎夜、飲み歩き 行き着いた先の店に「母」がいた。 初めは、母も お金持ちと結婚出来たことに 喜びを感じていた。 好きなタイプではなかったけど 小さな私を抱えながらの生活では 食べる事すら困難な日々で 縋る《すがる》思いで 今の父と結婚をした。 私が、あの幼き日の けもの道での、その後の記憶がないのは 飢えとストレスによる 円形脱毛症を発症し 口すら聴けない子に1年間もなっていたからだった。 近所でも、ネグレクトで 有名になるほどだった。 お風呂には入れず 頭にシラミが湧き 食べ物すら食べれていない体は 同じ年頃の子よりも小さく いつも部屋の端で 小さなクマのぬいぐるみを抱えながら 震えていたと 大人になって、親戚から聞いたことがある。 私にとっての祖父にあたる 母方の父が、私たちの居場所を突き止め 私を連れて帰ってくれた。 それからの数ヶ月は ご飯も食べて、お風呂にも入り 普通に話せるまでに回復したけれど 一切、辛かった時の記憶は すべて抜け落ち 私は、ずっと ただ、ひたすら母を待っていたらしい。 祖父が、私を保護した日 外は雷がなり、大きな落雷があり 私が居たアパートも停電になり 暗闇の中、私は電気を付けようと 手を伸ばすけれど 幼い子供には届かず 怖くなって隣の家のドアを叩いていたらしい。 隣の家の家族は、ブレーカーをあげていたのか 部屋の明かりが付いていた。 小学生のお姉さん2人がいる 一般の普通の家庭… 上のお姉さんは6年生 下のお姉さんは2年生 特に歳が近かった 千歌お姉さんの8歳の誕生日パーティーを 家族でお祝いしていた。 温かなポトフのスープに 豪華な料理やケーキの上のロウソク… みるもの全てがキラキラしていて 「家族」で食卓を囲むことへの 憧れや、自分にはないものが 「そこ」にはあった。 千歌お姉さんに 劣等感を幼いながらにも抱き 私は、泣きながらポトフを飲んだ…。 ー 千歌お姉さんになりたい。ー この人のようになれば 私も愛されるのかな… そんなふうに思っていた。 ピンポーン…と玄関のチャイムがなり 足早に、おばさんが走る。 玄関先で、誰かと 何か話をしている。 そのうちに、私は玄関先に連れられ おばさんが嬉しそうに 私に、言った。 「夢菜ちゃんのおじいちゃんなんですって」 私は、祖父を見上げ 小さく会釈をする。 ニッコリ笑う顔に安堵するように 私は祖父に手を引かれ 数ヶ月間、祖父の家で暮らすことになる。 この頃から 異常に「家族」への執着心が芽生えていた。 大人になったら「お嫁さん」になって 家族と一緒に食卓を囲む。 それが小さいながらにも見つけた 夢だった。 私は、母の再婚を機に 木崎 夢菜になった。 木崎家の本家は とても大きくて 私には苦手な場所の1つだった。 いつも1人だったせいなのか 人の居ない場所や 大きくて広い部屋に抵抗があり ここでの暮らしに難色を示した私をみて おじい様が、新しいお家を建ててくれた。 新しい家での生活は 決して幸せなものではなかった。 母は、父が作った借金返済の為 表向きはセレブの奥様 夜になると小さな田舎のスナックで 働かされていた。 父との再婚の条件が 母が、夜働きに出て借金を返済すること 娘の私も戸籍にいれて財産分与を与える変わりに 母は、父の奴隷になったのだ。 そこからの日々は 私の地獄の始まりだった。 父は、幼女の私を性的な目でみるようになった。 夜になると、いつも母が居ない為 お風呂に一緒に入ることを強要され 体を隅から隅まで撫で回すように 洗われ、耐えきれず 私は、母に 「…1人で入りたい。」 そう訴えても声が届くことはなく 高学年に上がる頃の 初潮を迎える日まで ずっと、一緒に入ることを強要されていた。 私が1年生になって 初めての夏休みが来た頃 家の裏に住んでいた 中学生のお兄ちゃんが なぜか毎日、私を遊びに誘いに来ていた。 私は、この頃 父のことも重なって 男性が苦手になっていたこともあり 母に、遊びたくないと言っていた。 だけど、母は私には向かって 「遊んでもらいなさい。」 そう、言って 私を外へ突き出していた。 お兄ちゃんの家は 私のうちの真裏にあり いつも遊びは「かくれんぼ」だった。 お兄ちゃん以外に 近所の小学生数名がいて みんな高学年の男の子ばかりのだった。 いつも「鬼」は小学生の男の子。 私は、お兄ちゃんと一緒に 外にある物置小屋に連れて行かれていた。 その物置小屋は 扉を閉めると薄暗く 夏の暑さで、お兄ちゃんは必ず 私に、こう言ってきた。 「暑いから、服を脱ごうよ。」 私が、拒否すると 無理やり服を脱がし 何か獲物を見つけた獣のように ずっと見てきたり触れられたりした。 私は、何をされてるのかすら わからずに、怖くなり 泣き叫んでいたら 口を塞がれ叩かれた。 「…誰かに言ったらいけないよ?」 そう言った あの日の顔は、一生忘れられない 私に、恐怖を植え付けた。 それから夏の終わり頃に 私に転機が訪れることになる。 いつもは使わない奥にある部屋を お客様が泊まりに来るからと 換気の為に窓を開けていた。 使ってなかった、その部屋は お兄ちゃんの家の 1m程の距離を隔てて塀が建っていて その塀を、乗り越えて お兄ちゃんが 私の家に泥棒に入ったことで 父に捕まり、お兄ちゃんの家族は いつの間にか引っ越しをして行った。 お兄ちゃんが去った後も 相変わらず父との異常なスキンシップは 小学6年の春まで続く事になる。 私が6年生に上がった頃 母が浮気をしていた。 父の親友の田渕さん。 私は、田渕のおじさんが大好きで いつも面白いことをしてくれて たくさんのお土産や、可愛い洋服を プレゼントしてくれる人だった。 ある日、私の家で 飲み会が開かれ 田渕のおじさんや、親戚の叔母さんなども 集まり騒いでいた。 夜も更けた頃 親戚は帰り始めたけれど まだ、会話が弾み 母は、父達にお酌をしながら いつの間にか、メンバーは 田渕のおじさんだけになっていた。 リビングに布団を敷いて 雑魚寝のような感じで川の字で 寝ることになった。 私は、父の隣が嫌だったので 田渕のおじさんの 隣側の布団で、眠る準備を始めた。 だけど、母が 「…なにしてんの?あなたはパパの隣でしょ。」 邪魔者扱いをするかのような 母の目付きが怖く 仕方なく、父の隣で寝ることになった。 6年生にもなれば 体つきが大人になりかけていて 「何をしたらどうなるか」 …なんて、知識が浅くても 認識をしている年頃だったから 父側の布団を体に巻き付けて 触られないように眠った…。 夜中に、目を覚ますと 父が、私の布団側に手を入れ 触ってきていた。 私は恐怖に震えながら 寝たフリをし続け ひたすら朝を待っていた。 私は、この頃から家に居たくなくて 母方の、おじいちゃんの家で 暮らすようになっていた。 小学校生活も、あと少しで終わる頃 母と父が離婚をした。 原因は、田渕のおじさんとの不倫だった。 原因は不倫だったけど 実際の所、定かではなくて…。 離婚の後、母が選んだ交際相手は ヤクザの端くれをしている様な ガラの悪い男の人だった。 田渕のおじさんとは 別れたのか、そこまでの関係ではなかったのか 未だに謎のまま 私は、中学生になった。 中学は、私にとっては 新しい「何か」がある場所なんだって ずっと、ずーっと思っていた。 地獄のようだった 木崎家での幼少期は 私の人格を作るには、十分すぎる材料しかなくて 私は、男の人なんて 所詮、体目当ての奴ばっか。 そんな風にしか考えられない性格になっていた。 中学生になって 思い描いていた「理想」とはかけ離れた 日々が待っていた。 転校初日、話しかけてきたのは 学年で一番人気の 村田君だった。 私は、話しかけられたことに 戸惑いながらも 会話を続けた。 容姿が整っていた私に 村田君は 「木崎さんって可愛いね。」 たった一言だった。 彼が、そう言ったから… 私は、次の日から女子の標的になってしまった。 「村田君から、可愛いって言われたからって調子のるなよ!」 「男目当てで学校通ってんじゃねーよ、キモ。」 そんな言葉ばかりが飛び交う 教室で、庇ってくれる 「トモダチ」なんていなかった。 そんな毎日の中 生徒会のお披露目が開かれ 新しく生徒会に入った3年生の紹介の為 体育館に集まった。 「書記の、3年2組の小嶋 千歌です!」 ふと、見上げた先に あの日の、千歌お姉さんが居た。 千歌お姉さんは相変わらず綺麗で キラキラしていた。 何気なく3年生の下駄箱近くを歩いていたら 千歌お姉さんから声をかけてくれた。 「…夢菜ちゃん?夢菜ちゃんだよね?!」 「あ、はい。お久しぶりです。」 はしゃぐ千歌お姉さんの隣に 新しい生徒会長が立っていた。 「あ!夢菜ちゃんに紹介するね!私の彼氏の西野 凌也君だよー!」 西野 凌也 ーニシノ リョウヤー って言うんだ…。 千歌お姉さんの彼氏…。 私と彼は、お互いに軽く会釈をした。 彼との出会いは ここから始まった。 私は、いつも3年の教室で 千歌お姉さんに会いに行っていた。 3年に知り合いがいる事で イジメが軽減され 私は、ますます3年の教室に通うことになる。 ある日、千歌お姉さんが居なくて 西野先輩だけが教室に居た…。 何となく大人な雰囲気で 近寄れなくて…。 不思議な気持ちで先輩を見つめていた。 「恋」ではない「何か」が私の中に 生まれた気がして この感情が歪んでいるなんて この時の私には想像もつかなかった。 私が千歌お姉さんになれば 幸せになれる? 私が千歌お姉さんみたいになれば 普通の家族を味わえるの? 千歌お姉さんが選んだこの人なら 私を幸せにしてくれるのかもしれない。 歯止めが利かなくなった 私の歪んだ感情は 「愛」でも「恋」でもなく ただの醜い歪んだ心だった…。 「…西野先輩、私じゃダメですか?」 その問に、西野先輩は 「俺も、好きだったんだ。」 夕暮れの教室で 窓の隙間から、心地よい風が吹き カーテンが揺れる。 カーテンが2人を隠すように 重なるシルエットが 2人の口付けを意味していた…。
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