マカロンはポケットの中に隠す

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 ある休日の昼下がり。渡辺家のダイニングでは各々が、好きな事をしながら時間を潰していた。  女子高生の真華倫(まかろん)はコーヒーを飲みながらスマホをいじり、父はタブレットで新聞を読み、母は洗い物をしたりしていた。そんな風にそれぞれ好き勝手に時間をすごすのが、この家では当たり前の光景だった。    洗い物を終えた母は、「私も休憩しよっと」と言いながらマカロンの向かいに座り、マグカップをテーブルの上に置いた。  母は、マグカップの中のティーバッグを数回上下に動かし、紅茶の色を見定めていた。 「もう少し渋い方が私は好きなのよね」  そんな独り言を言いながら、更にチャプチャプとティーバッグを動かした後、納得した顔をすると同時に、ティーバッグを小皿の上へと置いた。  そして、口元でふぅふぅと紅茶を冷ましながら、ゆっくりと唇を濡らした。 「やっぱり、紅茶はダージリンにかぎるわ」  母は気に入った濃さに抽出できたのが嬉しかったのか、なかなかにご満悦だった。  マグカップをテーブルに置き、今度は机の上に広げられている、一枚のティシュペーパーの上に手延ばすのだが、なぜか母の手はその場で何を掴む訳でも無く手を止めるのだった。  空中で止まった手は、ゆっくりと引き戻されて、再びマグカップを掴み口へと運ばれた。  そして、なんの脈絡もなく、母は急に家族に聞こえる音量で会話を始めたのだ。   「そういえば、マカロンって保育園の頃、年中椎の実を拾ってきては、ポケットの中パンパンにしていたわよね」  急に話を振られたマカロンは、少し戸惑った。脈絡もなく、いきなり自分の子供の頃の話をされても、その話に付いて行くのは、幾ら娘とは言え中々に難しい。  答えられるとすれば「そうだった?」っと無難に返事をすることぐらいだ。 「そうよ。あなたは、よく椎の実を拾ってきては『ママどうぞ』ってくれたものよ」 「ふ~ん、可愛かったのね。(あっし)」 「そうね。あの頃のあなたは可愛かったわよね~」  母は遠くを見るような目をしながら答えた。  三拍程の間が空いた後、今度は急に何かを思い出したかのように、両手をパンっと合わせた。 「そうそう、あなたは、野蒜(のびる)もよく家に持って帰って来てたわよね」 「のびる?」 「覚えてない? 私から言わせれば、食べられる雑草って感じかしら。フフフ」 「あぁ、地面の中に生えてる、小さい白い玉ねぎ見たいなやつ!」  マカロンは野蒜を思い出したのか、懐かしそうに保育園の頃を思い出していた。 「そういえば、良く取ってたなぁ~」 「そうなのよ。一杯取って来ては、よくポケットの中一杯に野蒜がはいっていたものよ」 「可愛いねぇ~。(あっし)」 「そうね……あの頃は本当に可愛かったわ」  再び含みのある様な発言をした母は、遠くを見つめるような目でマカロンを見た。  少し冷めた紅茶を三度口に含むと、母は聖母が子供を見つめる様に、優しい目をしながらマカロンに質問を始めた。 「ねぇ、マカロン? ここのティッシュの上に置いてあったチョコレート知らないかしら?」 「ん? チョコ? 知らないよ?」 「――そう。困ったわ。貴女に食べさせようと思っていたのに――」  少し(うつむ)いて、とても申し訳なさそうな顔をする母をマカロンは見るなり、心が痛んだ。そう、実は、ティッシュの上に置いてあったチョコレートはマカロンがポケットの中にくすめ盗っていたのだ。 「……あぁ、母さん、ゴメン。実は私にくれるとは知らずに、私がポケットの中に……」  申し訳なさそうにマカロンはポケットの中からチョコを取り出すと、母は目の色を変ええて、マカロンが手に持っているチョコを奪い取った。 「やっぱりあなたが盗んでいたのね。これは私がお隣さんからもらったゴデバのチョコ! あんたにあげるわけないでしょ!」  母の行動に、あっけにとられたマカロンだったが、一瞬にして我を取り戻した。 「あっ、アッシのチョコ、なに取ってんだよ! 返せ!」 「あんたのじゃない。これは私のチョコ! 一個五百円もするのよ。そんなのアンタにあげるわけないでしょ」 「か・え・せ!」 「それはこっちのセリフよ! アンタになんてあげるものですか!」  その様子を横で見ていた父は大きくため息をした。 「お前達、よくそんなつまらない事で喧嘩できるな?」  その言葉を聞くなり、母も黙ってはいなかった。 「つい先日、マカロンにケーキ食べられて怒っていたあんたに言われたくありません! あんただって同じようなものでしょう?」 「ばっ、バカ野郎、あれは俺の思い出のケーキで……」  そんな喧嘩を始めた夫婦をよそに、マカロンは隙を付いてゴデバのチョコを手に入れるのだった。 「やれやれ。夫婦喧嘩は犬も食わんが、ゴデバのチョコは私が食う。あむっ」    
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