お館様、改めさせて頂きたい。

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 結局、頼みの咲耶がダメになってしまい、他の二人も多少粘ったものの、議論は『個人で十万再生』で結着してしまった。  ドアインザフェイスという、これも手練手管である。やはり忍者きたない。  己が貞操を守るべく、グループとしての活動の他に、各々が個人名義で動画を配信していく。  大方の予想通り、いちぬけはネム。 『悟ったら終了。寝ずに菩薩彫る(ネム配信)』  兵糧丸と水のみで臨んだこの企画が大当たりした。  何しろ普段はえへらえへらしているネムが、たった一彫りのミスで凹み、部屋の隅で何時間でも蹲るのである。努力で埋めても基本は不器用な娘だ。 『ミスと感じないよ』 『十二分に美しい』 『気負わないで。身体壊しちゃう』 という視聴者のコメントを、 「ヤダ。だって菩薩は救うんだ」 と切って捨てるその姿に、 『もうアンタ菩薩だよ』 『世俗捨てるわ』 『魂が洗われてしまう』 と、シリーズ全てミリオンという偉業を成し遂げた。  続いてエロを回避したのはシャオラン。 『でぇと(シャオラン配信)』 と題した配信で、相棒であるパンダのリーリーとイチャコラするというただそれだけの動画なのだが、 『尊い』 『ダメだ好き』 『パンダずるい愛おしい』 怖がり故に普段は表情が固いシャオランが、くったくのない笑顔を見せるその姿。 『おいパンダそこ代われ』 『守りたいこの笑顔』 『もう娘でいいからおじさんのとこおいで頼む』  ミリオンにこそ達しなかったが、こちらも安定して四十万以上の再生回数が続いた。  さて残るは咲耶である。 「えっと……うん!あの、か、影分身っ!ねっ!?分裂しまぁす!」  かつてのセンターはどこへやら。さながら闇夜を照らす星の様であった瞳は、単に闇夜の様な瞳へと淀み。凛と引き締まっていた表情はヘラヘラと弛み。背筋は卑屈に曲がり、自信は失いと、一人完全に空回っていた。 「えっ、えっとぉは、はぃ!その……ふ、ふんどしじゃないからねっ!はっ恥ずかしくないっ!よっ!ほらっ!ねっ!?」  決死のふんチラをかますも、有害コンテンツとしてあわやアカウント削除という危機を呼び込み、他二人の奮闘をなかった事にしかけた。 「えぇど、どうしっあっ、えっと……ひっ、秘伝だしちゃおうかなっ!ねっ!印の結び方も公開しちゃう!」  あげく里まで崩壊させようという体たらくである。 「ひっ、うひひ……へへ…」  散々にお叱りを受け、ストレスから顔面麻痺を患う始末。 「うへへはへひひっ……ヒエッ」  さて、お望みのくっ殺まであと一ヶ月という、歳末の会計事務も裸足で逃げだす程に切羽詰まった折の事。 「えっ?えっ!?なにっ!?どうしようどうしようなにこれっ!?」  ニンニン・オブジョイトイ公式アカウントが突如として何者かに乗っ取られてしまうという事件がおこる。  慌てふためく編集スタッフを余所に、とある動画が勝手に配信された。 『(KOYOI配信)JKとそい寝』 と銘打ったその動画は、なんと咲耶の寝姿を真横から映したもの。 「……すぅ……ふへっ……すぅすぅ…」  余りにも無防備なその寝顔に、多方面が震撼する。  何しろ公表しているとはいえ忍の里である。下忍とはいえ忍の寝室である。もっといえば咲耶はお屋敷暮らし、交代制で見張りも立っている。住人全てに感知されぬまま寝室に潜入し、ましてやその寝姿を撮影することなど上忍ですら難しい。  ではKOYOIとは何者か。極めて能力の優れたストーカー。あるいは咲耶の貞操を危惧した内部犯。もしくは配信者の名前ではなく、単に今宵というだけの意味なのか。様々な憶測を呼んだ。  やらせも疑われた。ありえないと呆れられた。他の里からは嘲り倒された。  編集スタッフも必死に抵抗する。しかしそれでもアカウントは乗っ取られたまま。取り返すことも停止することも何故か出来ず、実に十日間もの間、咲耶の寝姿が毎晩配信され続けたのだ。 「……ぅん……ほしぃ……ねぇちょうだい…」  がんもの話、である。 「ん……おぃし……しる……あふぃ…」  がんもの話、である。  怪我の功名というか、まぁ高い代償とは思うまい。この動画は他の二人程のヒットは飛ばさないまでも、どうにか十万回再生を超えた。また、忍であるにも関わらず寝顔を撮られるという失態へのコメント『だらしねぇ忍者』や、咲耶の最終学歴が寺小屋だった事によりつけられた『学歴詐称』というあだ名が、ほんのりとネットミームになった。  咲耶が危ぶんでいた『くノ一を脱がすために十万再生を阻止するファン』は本当にいたのだろうか。  達成してしまった今となっては分からないが、とにもかくにも辱めを受けずに済み、咲耶はそっと胸をなでおろしていた。 「良かった……病気の大きいお友達は、いなかったんだ…」  切り立った崖の上に立ち、連行食用のがんもを齧りながら、今日の貞操に深く感謝する。 「さっくにゃーん。ケバブ用のお肉設置したよー」 「三時間耐久火遁の動画とる、よ。さっちゃん一緒に、いこ?」  ダブルセンターであるネムとシャオランの呼びかけに、シングルバックダンサーである咲耶は笑顔で振り返る。 「ああ……身体を張るのは任せてくれっ!」  良かった。  今回ばかりは本当に気を揉んだよ。  咲耶、咲耶。  君の名前は、果てなき可能性。  今は蕾。春はまだ遠く。  しかしいつの日か大きく花開き、やがて新時代のくノ一を支える大樹となるだろう。  いや、なれないかもしれない。なれないんじゃないかな。なれなくとも、どうか強かに。  いよいよの時は、新進気鋭のIT城主のお手付きになってママタレとなれ。産後ダイエット本とかで名声を得て、化粧品とかを物販するのだ。消耗品はリピーターが増えればとても太いぞ。  私はいつでも天井裏から、じっとりと君を見守っているからね。 「私が焼く!焼きますから!お二方はどうぞのんびり配信していて下さい!」  父上。貴方の孫娘は今日もBUZZを求めて術を成す。それだけで充分、唯一無二なのだから。 「いーいーいーいー!隅で!隅でやってるから炭だけに!っつって炭なんか使わないんだけどねっ!火遁だもんねっ!ニンニンっ!なんつってふへへへへへ…」  どうぞ、卑屈になってしまった彼女の心を、そっと優しく、改めさせてやって戴きたい。
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