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「鈴彦君。すっかり晴れてきたな」
真さんは僕が訝しげな表情を浮かべているのも露知らず、五月晴れの澄んだ空を見上げている。
「こんなにいい天気なのに人通りがとても少ない」
「……そういえば、露天も出ていませんね」
「本当にいつもの町じゃないみたいだ。――安心するよ」
「どうして?」
「ちゃんと日常が回らなくなることもあるのだと知って、安心する」
「よくわからないことを言いますね」
そういえば今は何時だろうと思って懐中時計を見れば、昼の十二時を回っている。彗星はどうなったのだろうか。もしも今この瞬間死んだなら、僕は最後の時をこの男とともに過ごしたことになってしまう。――それは心底嫌だな。
「――真さんは彗星で人類が絶滅すると、信じていないのですね」
「うん、まあ。信じたい気持ちがないとも言えないけれど」
「その証明ができますか」
「できるよ。――彗星の尾の中の窒素と地球の酸素が化合して、人類がみな窒息死してしまうという話だっただろう」
「はい」
「地球の周囲を覆っている空気の密度は、彗星の尾と比べれば鉄よりも固いから、尾のガス体がそれを破って地上の人類に害を与えるようなことはまずない」
「尾の中に地球が包まれたところで何ら問題はないということですか」
「そういうことになるね」
「出会ったばかりの人の言説を素直に信じてもいいのでしょうか」
「僕の言説じゃない。新聞の受け売り」
「受け売りでしたか」
「見ず知らずの学者の言説を真に受けるのもどうかと思うよ」
「うるさいですね」
僕たちはどこへ行くともなく町を歩いた。駄菓子屋の主人が、三日ほど前から断食を決行して人類の無事を祈っているのだということを必死に説いている。子供たちはぼんやりと話を聞き流しながら、買った駄菓子を分け合って食べていた。
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