都橋探偵事情『更紗』

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「九段だ、靖国神社の真ん前だ」  徳田は並木に背を向けて歩きだした。 「こんな時間に電車なんて走ってないぞ。それに西から聞いてる、貧乏探偵なんだろう。あんなとこまでタクシー代がいくらかかるか分かってんのか。乗れよ」  並木が駐車場のバンに誘った。  午前4:00.まだ夜の帳は開いていない。  重田の早起きは調べがついている。ここ数日重田の動きをチャックしていた。4:15分には盆栽に水をやるために庭に出てくる。ドアが開いた。丸めてあるホースを回しながら伸ばす。懐中電灯でサツキの盆栽が並んだ棚を照らして微笑む。 「ふーっ」  葉に付いた埃を吹き飛ばした。ぶつぶつと盆栽に語り掛けている。カブが玄関前で停車した。 「おはようございます、朝刊で~す」 「ごくろうさん」  荷台から抜いた一部の新聞を折り畳み匕首を差し込んだ。重田はサツキに見惚れている。 「ありがとうございます」  新聞屋が後ろから声を掛けた刹那に痛みを感じた。 「俺のダチや女はこんな葉っぱ以下か?」  一度抜いて同じ場所にさらに深く刺し込んだ。重田は唸るだけで声にならない。盆栽の棚に寄り掛かるように倒れた。カブが走り去る。 「あなた緊急ですって」  布川に電話が入ったのは重田が刺されて15分が経過した時だった。重田夫人が気付いて署に電話を入れていた。 「緊急?中西がいるだろう」 「それが中西さんも並木さんも出ているそうです」  布川が用件を聞く前に着替え始めた。
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