都橋探偵事情『更紗』

225/229
前へ
/229ページ
次へ
「男はお前に任す。あの女は許せない」 「俺はいいさ。だがあのチビは許さねえぞそう言う事は」  中西は鉄扉の向こうに顔を振った。並木は法に則って処理したい。 「彼はいい刑事だ。だけどいい刑事には出来ない仕事がある。それをやるよう俺は神様に命をもったんだ。娘は助かったが依頼人はトラックに撥ねられて死んだ」 「だけどそれはインド人のせいじゃないだろう」 「違う、インド人のせいだ。あのインド人が弱いもんの歯車を狂わせたんだ」 「お前、考え過ぎだ。帰って寝ろ」  中西は徳田の思い込みが心配になった。その時ボンネットに何かが落ちた。小石が載っていた。また飛んで来た。一回り大きい石である。 「ばか野郎、所長のセダンだぞ」  並木が鉄扉の前でうつ伏せにしている。 「どうだ?」  中西が小声で訊いた。 「玄関前に車が停まった」  並木が植木に塗れている。 「お前はカメレオンか?それとも枯れ葉に擬態したナナフシか?」 「ばか野郎、冗談言ってる場合か。こっちは命懸けだ。それにしても夜明け前から車で移動なんておかしかないか。もしかしたらあの二人を別の場所に移動するんじゃないか」 「有り得るな。よし、お前は玄関前で擬態して探れ」 「ふざけんな偉そうに」  文句を言いながらも並木は匍匐前進を始めた。 「なっ、いい奴だろう」  中西が徳田に相槌を求めた。 「お前の下に着いたら大変だな。俺なら続かない」 「俺の正義がみんなをそうさせるんだ。困ったもんだ」  徳田は呆れて口を噤んだ。
/229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加