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「私は何もしていない。あなたに追われる理由はないわ」
サーシャは手を汚していない。しかし少女から心と未来を奪った。それを解っていながら続けていた。
「確かにあなたの手は血で汚れてはいない。しかしあなたが連れ出した少女達は人生を失った。死んだ子もいる。死んだ家族もいる。手を下したのはやくざとスケベだ。しかしそこに落とし込んだのは全てあなたの責任だ。結果を知り得て悪事を続けていたことは許されない。チンピラを始末しても無くならない。元を絶たねば繰り返される。だからあなたを許さない」
徳田はコートからステッキを抜いた。スライドして二度振った。
「何をするつもり、私は大使館員よ。国で決めた約束事に則ってインドに帰るのよ。私に何かしたら大変よ。あなた死刑になるわ」
サーシャが後退りする。
「一度死んだ命、神に救われた。その意味を果たさなければ生きている資格はない。死刑になるかどうか結果も神にしか分からない。ひとつ言えることはあなたを見逃したら後悔する。それだけだ」
「どうして?警察でもないのにそんなにしつこく私を追うの?」
「探偵だからさ、探偵には探偵の事情がある」
サーシャが後退りから前向きになって走る。徳田が追う。サーシャに追い付く。サーシャが徳田に飛び掛かる。さっと左脇から抜けて飛び上がりながら反転した。ステッキは振り返るサーシャの脳天に叩き落とされた。即死だった。徳田は手を合わせた。祈る神様は違えども行先は天か地である。これまでの善行全てと相殺してもサーシャには地獄以外にあり得ない。徳田はソフトを外して胸に当てた。
「死刑になったら挨拶に行きます」
徳田は靖国の森から道路に出た。タクシーに手を挙げると二台が停まった。後ろに停車したタクシーの運転手はガラが悪い。窓から顔を出して先に停車したもう一台のサイドミラーを睨んだ。
「お客さんどうぞ」
徳田は柄の悪い運転手を無視してもう一台に乗り込んだ。
「横浜の野毛は分かるかな」
「はい」
走り出した。道路の真ん中に黒のベンツが停まっていた。
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