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「おはよう、ナタリー」
「おはようキティ」
「おはよぉ、おふたりさん…」
「おはよう、ラリサ」
「ラリサ、目ぇ開いてないよ?」
「う~ン、続きが気になって途中でやめられなかったぁ。ぜぇーったい、魔法物理の時間に爆睡する未来が見える!」
「わたしにも見える。ウッズ先生に呼び出されて懲罰補習を受けてるラリサの姿が」
濃い灰色のミディアムボブがキティ。焦げ茶色のポニーテールがラリサ。どちらも瞳は俺と同じ茶系統。平民でモブだ。平民でモブだけど、俺と同じで可愛い。キティはお姉さん系で、ラリサは気合いで乗り切る系。で、愛され小動物系の俺。同じクラスで一番の仲良しだ。三人揃って食堂へ向かう。
「ふふ。ラリサもキティも未来透視なんて高度な時空、いつの間に習得したの?」
自然に笑って、ふふ。だぜ、俺。笑い声も可愛い俺。もちろん声も可愛い。高過ぎず、もちろん低すぎもしない。デカくはないが、何言ってんのかわかんないようなちっちゃ過ぎることもない。
完璧だろ、俺。これで平民、これでモブ。
メインキャラクター達どんだけスペック高いんだ、っての。
食堂は学生寮とは別棟にあって学年毎に分かれている。俺たちが向かう先は二年生用の食堂。ここが朝昼夕三食、十クラス二百人に提供しているんだ。基本ビュッフェスタイルで。何をどれだけ食べても無料という、前世サッカー漬け男子の俺からしたら天国みたいなシステムなのに。
トーストひときれにサラダ、スクランブルエッグふた匙分。ヨーグルトにオレンジジュースをトレイに乗っけて俺たちはいつもの指定席に座る。いや三人とも量が少ないね?育ち盛りだろ、俺。
そんなだと昼までもたないよ、と俺は思うのだが、ナタリーなんかはこれでもお腹いっぱいもう食べられない、と半泣きになることがあるのだ。まあ今朝はなんとか完食していたが。可愛い女の子は胃袋も激可愛仕様らしい。自分自身のことであるのに謎だ。
授業開始まで二時間以上あるためか利用者はちらほら。みんなひとりで黙食してる。俺たちみたいなグループは他にいない。
俺たちの声も自然に小さくなる。平民モブ女子はちゃんと空気も読めるのだ。
「やっぱりラリサもハマったのね」
「う~っ。ハマった、控えめに言ってもサイコー。キュンキュンし過ぎてベッドから落っこちちゃった」
「アル様、カッコいいもんね」
「「ね!」」
額を付き合わせて囁き合うのは、昨夜ラリサを不眠にした原因──テーブルに置かれた結構厚めの本『ヒロインは王子様を夢に見る』いわゆる恋愛小説だ。
ちなみにアル様というのはヒロインにめちゃ惚れしてて甘い台詞を吐きまくるアルフレード王子様のこと。どのくらい甘いかつーと、白砂糖の蜂蜜漬けで桃缶詰のシロップを煮詰め、いやいや三百頁のこの本、一気に読みきったら急性糖尿病を発症すること間違いなし、なレベルだ。俺は絶対途中で意識無くすから。ラリサの不眠の原因も糖分の過剰摂取による中毒症状だと俺は思っているけどね。
「ありがと、ナタリー。このお礼はまた今度するね」
ラリサが満面の笑顔を浮かべる。
そう、この本は俺、ナタリーの大のお気に入り。アルフレード王子様は理想の王子様なんだと。いわゆる推しというやつだ。
魔法学園にはやたらとでっかい図書館はあるが蔵書に偏りがあって娯楽関係の本なんか皆無である。
これは学年末の休暇に帰宅していた間に購入したのを持ってきたんだ。
俺はともかく、ナタリーは真面目だからね。正規に持ち込むために何枚もの申請書を書きまくって、授業中に読まない、教室に持ち込まない、なんかのいろんな制約付きでようやく許可をもぎ取ったのだ。
だってアル様と離ればなれなんて考えられないんですもん!
可憐で可愛いナタリーが、珍しく握りこぶしにふんす、と鼻息荒く決意表明したのを俺は両親と同じ温~い視線で見守った。
いやその気持ち、わからなくもないけどね?
いくら魔力が規定値越えてるからって、家族や故郷から遠く離れた、知己のひとりもいない異国の寮に押し込められて明けても暮れても魔法の実技と座学漬けの日々。
ナタリーまだ十三歳なんだよね。
一年経ってようやく学園生活にも慣れ、キティやラリサって友人が出来たとはいえ。
しんどいよな、やっぱり。
心の支えがなきゃ乗り切れないあれやこれやがこれからもたくさん起こるんだろうから。
宝物の本を抱き締めて俺は立ち上がった。
「わたし先に行く。本を部屋に置いて来るわ」
「じゃあトレイは片付けとくよ」
「ありがと。じゃあまた教室でね?」
「じゃあね」
「遅れちゃだめよ、一時限目の魔法史学先生、目ぇつけられたら虐められるから」
三年上に兄が居るキティが忠告してくれる。
……居るんだよな、どこでも人間性に問題の有りまくる教師って。
俺とかは平民だから、んでもって特別優秀とかでもない(ほら、モブだから)生徒だから塩対応ってか、やる気なしの対応する教師多いんだよね。
そりゃ王族とかヒロインみたいな生徒に全力集中してりゃあね、どっかで手を抜く……ケホンケホン、選択と集中って言うしね。
教師も人間だからね、しょうがないっちゃしょうがないんだろうけど。
ストレス発散の八つ当たりはね。
「わかったわ。教えてくれてありがと、キティ」
俺は礼を言って席を離れた。
三十分前には着席しとこう、ってのが今年度の俺の目標のひとつなんである。
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