1、偽りの初夜

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 臼井花保(うすいかほ)奥野正志(おくのまさし)と出会ったのはほんの二ヶ月ほど前のこと。  父親の入院先である療養型病院に正志が見舞いに訪れたのがきっかけだった。  いや、正確には父、臼井和昌(うすいかずまさ)の意向と言ったほうがいいだろう。  花保は所謂(いわゆる)社長令嬢だ。  食品輸入会社『臼井フーズ株式会社』を経営している父と優しい母、そして花保より八歳年上の兄、和人(かずと)に可愛がられて何不自由なく育ってきた。  花保が十二歳のときに母親を白血病で亡くすという不幸に見舞われたものの、母親似の白い肌と艶のある長い黒髪、そして大きな瞳を持つ美しい花保を父と兄が溺愛し、蝶よ花よと大事にされて。  そのため二十三歳の今日まで箱入り娘のまま生きてきたのだ。  転機は昨年、父の和昌が脳梗塞で倒れてから。  社長の父と副社長の兄の意向により大学卒業後は『臼井フーズ』で秘書として働くことが決まっていた花保だったが、父の左半身が不自由になったことにより付き添いを余儀なくされた。 『会社は俺が守るから、花保は父さんを頼む。落ち着いたら秘書として来てくれればいいから』  社長に就任した和人からそう言われた花保は就職を断念し、大学卒業後そのまま家と施設の往復を繰り返す毎日を過ごしていたのだった。  そして今年の春、四月に入ってすぐの週末に運命の出会いが訪れることとなる。
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