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和昌が入院しているのは東京郊外の緩やかな丘の上に建つ療養型病院だ。
スタッフが二十四時間体制で患者のサポートをしてくれるだけでなく、温泉やレストランなどの施設も充実しておりホテル並みのサービスが受けられるため、引退後の芸能人やスポーツ選手、企業家などのセレブが多く利用していることで知られている。
「ゴホッ、ゴホッ」
斜めに起こしたベッドで和昌が痰絡みの咳をした。
この一年で和昌はめっきり痩せてしまった。
食欲が落ちて体力も衰えたため、風邪を引いたかと思えばすぐに肺炎を併発してしまう。
病院は付き添い不要ではあるものの、父の意向により花保は毎日病室に顔を出すようにしている。
体調が思わしくないときには付き添い用の簡易ベッドで泊まっていくこともあるが、今日は午前中に洗濯を済ませて午後からここに来ていた。
「お父さん疲れたでしょ。そろそろベッドを倒して休む?」
花保が椅子から立ち上がり和昌の背中をさする。
「いや、もうそろそろ客が来るはずだ」
「えっ、お客さま?」
父が脳梗塞になった直後は入院先の大学病院に入れ替わり立ち替わり人が訪れたものだが、病状が安定してこの施設に転院してからは見舞客がめっきり減っていた。
感染対策で不要不急の面会を断っているというのもある。
――会社関係の来客なら秘書さんから連絡があるはずだけど……。
自分が何も聞いていないのに父だけが知っているということを不審に思い問いただそうとしたそのとき。
トントン……。
軽やかなノックが聞こえ、花保よりも先に和昌が「入ってくれ」と返事を返す。
静かにスライドドアを開けて入ってきたのは二十台後半と思しきスポーツマンタイプの男性。
手には籠盛りの果物を持っている。
「会長、ご無沙汰しております。お加減はいかがでしょうか」
「おお、来てくれたか。花保、彼は奥野正志くんといって、我が社の優秀なバイヤーなんだよ。いや、今月から営業課長だったな」
二人の会話から正志が『臼井フーズ』の社員だと察した花保は、すぐに立ち上がると彼から果物籠を受け取るべく近づいた。
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