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「私も……高校時代から天宮先輩に憧れていました」
「えっ、嘘だろう!? だって君はみんなの高嶺の花で……」
「高嶺の花だなんて。私は一人じゃ何もできない世間知らずで、今もこうして迷惑をかけるだけで……あっ!」
花保の言葉を遮るように、その口が怜士の唇で塞がれた。
チュッとリップ音を立てて離れると、再び強く抱きしめられる。
「だったら俺を元気づけてよ。朝起きて笑顔で『おはよう』って言って、一緒にごはんを食べて、寝る前に『おやすみ』って言ってくれれば、それだけで俺は頑張れる」
「そんなこと、私じゃなくたって……」
「奥野さん……いや、花保がいいんだ。君が『そんなこと』と思うようなその一言が、俺に創作意欲と生きる希望を与えてくれるんだ」
芸能人やスポーツ選手が人々に夢や希望を与えるように、花保が自分に小説を書き続ける気力をくれる。それに意味がないだなんて言わないでほしい。
そう耳元で説かれ、強張っていた心が解れていく。
「先輩、私……」
「今はまだ先輩のままでいい。けれどいつか花保の決心がついたそのときには、『怜士』と呼んでもらえたらと思う」
怜士は花保の顔を見下ろすと、指先でそっと彼女の涙を拭う。
「一緒にマンションに荷物を取りに行こう。もしも旦那さんがいたら俺が話をする」
「……はい」
けれど二人が向かったマンションの部屋には、夫とその恋人の姿は見当たらなかった。
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