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那須高原の別荘前の駐車場に、ジャリっと音を立てて車が停まる。
中から降りてきたのは正志と祥子だ。
「わぁ〜、なかなかいい別荘じゃない」
「亡くなった会長から、この別荘を好きに使ってもいいと鍵を託されていたんだ。つまりここは僕のものだ」
正志が誇らしげにドアを開けると、中を見た祥子がその豪華さにはしゃぎだす。
「ねえ、今度ここに沙知たちを呼んでパーティーしようよ。外にBBQグリルもあったしさ」
「そうだね。ここにみんなを呼んで結婚披露のパーティーをしてもいいし」
――また言ってる。
最近になって正志の口から『結婚』の言葉が頻繁に出るようになってきた。
利用するために調子を合わせてきたけれど、そろそろ潮時かもな……と祥子は思う。
――あのお嬢様への嫌がらせならもう十分果たせたし。
正志の妻が実家に帰っているというものだから、マンション見学に行ったついでに夫婦の寝室でセックスをした。
スリルを味わいたい気持ちもあったのだが、情事の痕を見た花保がどんな顔をするのか考えると楽しかったというのもある。
――それがまさか現場に居合わせるなんてね……。
お嬢様が衝撃を受けた顔を見るのは愉快だったが、これでさすがにあの子も黙ってはいないだろう。
社長をしているという兄に泣きつかれたら一巻の終わりだ。
「管理人さんが食材を用意してくれているはずだけど……うん、一通り揃っているな」
祥子の本音など露知らず、正志は冷蔵庫を開けて嬉しげだ。
「わぁ〜、これが高級和牛? 凄い霜降りだね」
正志のうしろから冷蔵庫を覗き込んだ祥子が感嘆の声をあげる。
花保に情事を見られた直後に正志から別荘に誘われたのだが、『高級な肉を食べたい』とリクエストしておいて正解だった。
「僕が腕によりをかけて調理するよ。祥子が好きなキャビアとワインもある。それを食べたらさ……いいだろう?」
腰にするりと手がまわり、正志の顔に情欲の色が浮かぶ。
――もう少しだけ、こいつと付き合ってもいいかな……。
セックスの相手をするだけで豪華な別荘で過ごして高級料理を食べられるのだ。安いものだと思う。
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