7、狂愛

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「うん、もちろん! お肉はミディアムレアがいいな〜」 「わかった、任せてよ!」  意気揚々と肉を取り出した正志が祥子の唇にキスをしてきた。間髪を入れずに舌が挿入(はい)ってくる。 「ちょっと、図々しい!」  ドンと胸を押された正志が驚いた顔になる。  最近少しずつだが正志が調子に乗っている気がする。以前は勝手にキスなどしてこなかったのに……。  フンと鼻白む祥子を見て、正志は切なげに目を伏せた。 「ごめん、勝手なことをして……どうか嫌いにならないでほしい」 「私を安い女だと思わないようにね」 「うん、わかっているよ。だけど……」  正志が祥子にズイと顔を近づける。 「僕以外の誰ともキスをしないでほしい。祥子は僕のものだ」  やけに低い声音と真っ直ぐに見据える真剣な表情に、思わず祥子はうなずいていた。 「う……うん」  ――なっ、何よ……正志のくせに急に怖い顔をしちゃって。  これはやはり、ある程度のお金をむしり取ったら別れを切り出そう……と考えたそのとき。  トゥルルルル、トゥルルルル……。  正志のスマホの電話が鳴った。 「……社長からだ」 「えっ、社長!?」  どうやら相手を着信音で区別してあるらしい。正志は慌ててカウンターのスマホを手に取った。 「はい、はい……わかりました」  しばらく正志はペコペコ頭を下げながら会話をしていたが、電話を切るとほっと息を吐いた。 「はぁ〜、社長と話すときはいつも緊張するよ」 「やっぱり私たちのことがバレたの?」  しかし祥子の予想に反して正志が笑顔を見せる。 「いや、そのことは何も。会社のことで話があるって言っていた」 「会社のこと?」 「うん、きっと役員のご指名だ」 「えっ、役員? 正志が偉い人になるの? やったぁ!」  祥子が正志にしがみつくと、正志が表情を綻ばせる。 「明日すぐに東京に戻ろう。社長の気が変わらないうちに話を詰めたい」 「うん、そうだね!」 「でも、その前に……ご褒美をくれないかな」  熱の篭もった視線で見つめられ、祥子は正志の求めているものを悟る。 「うん、もちろん。今夜は前祝いで私が上に乗ってあげる。ねえ、昇進したらプレジャーボートでクルージングとかしてみたいなぁ〜」 「そうか、臼井家が持っているかもしれないから調べてみよう。小型船舶の免許が必要だな」 「やった! 免許を取ったらもちろん私を一番に乗せてよね」 「当然だ。祥子は僕の女神なんだから」  祥子からキスをしてやると、正志は満面の笑みを浮かべて肉を焼き始める。  ――うん、やっぱりもう少しだけこの男と付き合ってあげよっと。  正志によりすっかり贅沢に慣れてしまった祥子は、自分が泥沼に沈み始めていることを、まだ知らない。
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