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正志と祥子が役員就任の前祝いで浮かれているちょうどその頃、怜士と花保は松濤の臼井邸に来ていた。
話は今から数時間前に遡る。
「――あっ、お兄ちゃん!」
正志たちがいなくなったマンションで、スーツケースに荷物を詰めていた花保のスマホが鳴った。
画面には和人の名前が表示されている。
そういえば昨日は先輩に会いにいくと言ったまま帰らなかった。
あまりにも色々ありすぎて連絡を忘れていたが、メールの着信履歴に和人の名前がずらりと並んでいるのを見て花保は狼狽える。
――けれどこの状況をどう伝えれば……。
「すぐに出たほうがいい。説明が必要であれば俺が話してもいい」
花保の迷いを読み取った怜士が隣からうなずく。
その言葉に力をもらい、花保は通話ボタンをタップした。
「花保か、今は正志くんと一緒なのか?」
スピーカーから兄の少し怒った声がする。
「おまえは結婚している身だ、夫婦の家に帰るのは構わない。けれどもふらっと実家を出たきり一言の連絡もなければ心配するだろう?」
「ごめんなさい……」
「マンションに帰ろうが別荘に行こうが好きにすればいい。けれどせめて四十九日が明けてからにしろ。別荘の名義変更もまだなんだ、使うならどうして俺に相談しない」
「えっ?」
隣で黙って会話を聞いていた怜士が口を開いた。
「臼井さん、突然申し訳ありません。私は花保さんと高校で同じ文芸部だった天宮と申します」
「えっ、天宮? おい花保、どういうことだ」
見知らぬ男性の乱入に和人が戸惑う様子がうかがえる。
花保が何から話せばいいのかと逡巡しているあいだに怜士が会話を続けた。
「今、私と花保さんは二人でマンションに来ています。ここに正志さんはいません。たぶん別荘にいるのは正志さんと愛人の女性です」
「愛人だって!?」
電話の向こうで和人が驚愕の声をあげる。
「ちゃんと説明させてください。今からそちらに伺ってもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。何がどうなっているのか、この状況を把握しておきたい」
そして今、怜士と花保は臼井家のリビングで和人と向かい合っているのだ。
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