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「天宮くん、花保が世話になったことには感謝する。しかし既婚の女性を家に連れ帰るのは感心しないな」
「お兄ちゃん、先輩は私を心配してくれて……!」
「花保、おまえは黙っていろ」
「黙らない!」
予期せぬ花保の反論に和人が目を見開いた。
それはそうだろう、花保が和人に口答えするなどはじめてのことだ。
花保にとって八歳年上の兄は絶対だ。彼はいつだって賢く強く正しい存在だった。
――お兄ちゃんに逆らうなんて考えたこともなかったけれど……今は違う。
ずっと誰かに頼りっぱなしの人生だった。
父に守られ、兄に守られ、結婚してからは夫の庇護のもと生きていく穏やかな暮らしを疑いもしなかった。
そして今度は怜士に頼り……その彼が目の前で責められている。
――そんなの嫌だ!
自分に寄り添い力をくれた怜士を悪者にしてはおけない。強くなりたい、守りたい……と花保は生まれてはじめて心から思った。
「先輩が助けてくれなかったら、私はお兄ちゃんに何も言えないままマンションに帰っていたと思う」
一人で悩み、身動きが取れなくなっていた花保がここまで来れたのは怜士のお陰だ。
彼が花保の悩みを掬い取り、勇気をくれたからこそ兄に打ち明けることができたのだ。
「怖くて立ち竦んでいた私の背中を押してくれたのは先輩なの。恩人なの! 大好きなの! 私は変わりたいの!」
「大好きって、おまえ……」
――あっ!
勢いに押されて和人の前でとんでもないことを口走ってしまった。
花保は頬を染めつつ身を縮こませる。
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