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「祥子が逃げたら祥子のご両親のところに行く。ガソリンをかぶって自分を燃やして祥子のお父さんとお母さんの店に突っこむ」
「ちょっと、何言って……!」
「……ほんとだよ」
正志は本気だ。彼の瞳は狂気に満ち満ちている。
思わず「ひっ」と悲鳴が洩れた。
「祥子、愛してるんだ。祥子と僕と生まれてくる子供と、三人で幸せになろうね」
彼が視線を落とした先には陽性を示した妊娠検査薬が落ちている。
そのとき床に放ってあった祥子のスマホの電話が鳴った。
画面には『お母さん』の表示が浮かんでいる。
――お母さん……。
電話はすぐそこにあるのに恐怖で動くことができない。
ガチガチと歯を鳴らしながら唇を震わせる祥子の頬を涙が伝う。
「おか……さん」
呼び出し音は鳴り続ける。
「おと……さん」
祥子が涙を流しながらスマホのほうにゆっくりと手を伸ばした。
「お父……さん、お母さん、ごめ、ごめんなさい。お願い、たすけ……」
指先がスマホに触れる直前に電話が切れ、室内は静寂に包まれた。
顔をくしゃくしゃにして茫然とする祥子を正志が愛おしげに抱きしめる。
「かわいそうに、妊娠中は精神的に不安定になっちゃうからね。でも大丈夫、僕がついてるからね」
正志は祥子の手首から手錠をはずしてひょいとお姫様抱っこしてみせる。
「さあ、身体を洗わなきゃね、一緒にお風呂に入ろう。親が仲よくしてると胎教にいいらしいよ」
祥子が正志の腕の中で身体を縮こませると、サッと正志の表情が固まった。
「祥子、どうしたの? 早く僕につかまって?」
祥子はブルブル震えながらも彼の首に両腕をまわす。
途端に正志が笑顔に変わる。
「ハハッ、祥子は甘えん坊だな。愛してるよ」
祥子にチュッと口づけて、彼が上機嫌で歩きだす。
バスルームへと運ばれながら、祥子は正志にしっかりとつかまった。
そしてすべてを諦めたかのように目を閉じると、彼の胸にコテンと頭を預けるのだった。
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