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「実は、何故かもう一瓶あるんですよ。どうぞ」
私は震える指でその小瓶を受け取った。蓋を開け、しばらくそのままの状態で過去に戻った日々のことを思い返した。
あの時乗るはずだったバスが、近付いて来る。バスがブレーキを掛けながら停車を知らせる音を鳴らし出したのと同時に、私は小瓶の蓋を閉めて老人に返した。
「私はもう……要らないです」
「そうですか。バスに間に合って良かったですな」
「はい。あの、何というか、ありがとうございました」
「いいえ。どうか、お元気で」
バスの扉が開き、ステップを上ると椅子に座ったままの老人が私の背中に声を掛けて来た。
「あなた、良い選択をしましたね」
言葉を返そうと振り返る。しかし、バスの扉はお構いなしに閉まってしまった。老人は真っ直ぐ前を向いたままの姿勢で、どんどん小さくなって行く。やがてその姿が見えなくなった頃、老人に返そうとした言葉が何だったのか、必死に思い出そうとした
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