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焦った私はうっかり、自分の持っていた小瓶を落としてしまった。床に拡がる肉じゃがの汁の上でコツン、と乾いた音がして、薄黄色の砂がぶちまけられる。
瞬間、聖子が目を閉じて微笑んだ。私は聖子に目を向けたまま、気が付くとあの炎天下のバス停の椅子に座っていた。
出っ張った腹、汗に塗れた安物のワイシャツ。私は紛れもない、ただの冴えない四十男に戻っていた。
隣に座る老人が私を見つめながら微笑んだ。
「あなたは運が良い。乗りたかったバスまで少し、時間があるようです」
「これは……現実ですか……」
「ええ、あなたに小瓶を差し上げた時の、あの場所ですよ」
「そうですか……」
「そう訊ねるということは、どうやら砂を盛大に撒いてしまったようですな」
「そうですね、蓋を開けたまま落としてしまいました」
「はっはっは、そうですか。そういうこともあります」
そう言って老人は胸ポケットからあの人同じように小瓶を取り出し、私に差し出した。
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