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船崎青年は自身の質問の答えを得られないことを悟り、「板橋」と呟いた。すると、さらに笑い声が大きくなる。顎髭が目を丸くしながら、新しい煙草に火を点ける。
「板橋ぃ? 板橋って、東京のあの板橋?」
「はい、そうです」
「どれくらい掛かったの?」
「ドア・トゥ・ドアで、二時間十五分です」
「え、まさか電車じゃないよね?」
「電車です」
「電車! え、じゃあ遠方手当とか出るんだ?」
「遠方手当はないです。電車賃も一日五百円までなので、交通費は千五百円の赤字です」
「うっわ、ヤバ。あんた、頭おかしいよね?」
「いや、どうですかね」
船崎青年の経験では、交通費が赤字になろうがその日に現金支給される日当の為に足繁く現場へ通う人間を多く見て来た為、それの何がおかしいのか見当も付かなかった。しかし、目の前にいる職人二人組は物珍しい動物でも見るかのような目付きで自分のことを見ているので、生きてる世界が違うのだろうと結論付けた。それよりも、気になるのは仕事の内容であった。始業時間は九時の予定であったが、十分前にも関わらず二人が仕事に取り掛かるような様子がなかったのである。
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