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聞かれたことに答えながら投げたボールは、髭なしに避けられて地面に落下した。
「いや、いやいやいや。マジで怖いって。嘘でしょ?」
引き攣った表情の髭なしが身を震わせながら言うと、顎髭も同様に引き攣った表情を船崎青年へ向けた。
「おじさん、冗談止めてくれよ。そういうのマジで、タチ悪いから」
「いや、本当です。聞かれたから答えました。ボール、こっちに返さなくて良いんですか?」
問い掛けられた髭なしは「なんで?」と訊ねる。その意味を取り違えた船崎青年は、笑顔で答える。
「だって、ボール投げるのが仕事じゃないんですか? ボール、早く投げて返して下さいよ」
「はぁ? 違うよ。なんで殺したんだ、って聞いてんだよ」
「はい。私が初めて勤めた先が工場で、相手はそこの教育担当だったんですけど、あんまり毎日うるさいもんですから、かえって私の仕事の覚えが悪くなると結論が出たので、刺しました」
「……うるさいからって、刺したら捕まるじゃん」
「はい。だから捕まりました」
「え、考えてなかったってこと?」
「まぁ、後になって言われてみれば、って感じで。けど、刑務所に入った所で後々困ることも特になかったので。刺して正解でした」
「いやいや、だって刺した相手だって家族とか」
「あはは。独身で身寄りがないって事前に聞いた上で刺しましたから、その辺は大丈夫なんです。お気遣い頂き、ありがとうございます」
「…………」
問いに対して真っ直ぐ答えた船崎青年は、都会ではあまり感じられない緑の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、実に気持ち良さそうに背伸びをした。
その間、二人の職人はこそこそと声を潜めて話し合い始め、なにやら意気投合すると顎髭が船崎青年を呼び寄せた。言葉は「ですます」調に変わっていた。
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