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「ここの蕎麦屋、なくなっちゃうんですか?」
私は、無意識のうちに彼女の重たい返事を期待していた。ところが、返って来た彼女の声は実に軽やかなものだった。
「そう、ここでやるのはもう今週でおしまいなの!」
「……そうですか」
努めて明るい声を出している、というよりは清々したような声にも私には聞こえた。だとしたら、何だか残念な気分にもなる。
小さなカウンターにいつも通り旨そうな鰹節の香りを立てる温蕎麦が置かれると、彼女は続けてこう言った。
「来月からね、駅前でお蕎麦屋さんやるのよ。だから潰れるんじゃないから、また食べに来て頂戴ね! 今度はね、後継の息子夫婦と一緒だから。こんな狭い所じゃもう、婆さんは大変なのよ」
「あぁ、そうだったんですか。行きますよ、絶対に」
「また食べに来てね。場所は変わっても味は変わらないからね!」
彼女はそう言って、腰を曲げながら小さな厨房で皿洗いを始めるのであった。
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