駅蕎麦の末路

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 その翌月。ホームの蕎麦屋が閉店した代わりに、駅前に新しい二階建ての蕎麦屋が開店した。狭い厨房で腰を曲げつつも活発に動いていた彼女は広々とした店内でまだ中年まで行かないくらいの年の女と、若い男にあれやこれやと指示を出していた。  私の姿に気が付くと、彼女は如何にも親しげに明るく声を掛けて来た。 「あっ、来てくれたのね! この人はね、昔からちょっとズレた時間に食べに来てくれてた常連さん。ねっ、ずっと来てたもんね? 今日もたぬきで良いのね?」  ろくに話したことさえ無かったのに、途端に饒舌になって話す彼女の姿に、私は底知れない人の浅ましさのような、そんな居心地と気味の悪さを感じてしまった。 「あなた達と違って、私はこの人を知っている」  他の店員達へ向けてそう言わんばかりの勢いに、自然たじろいでしまう。  提供された温蕎麦には以前ほどの出汁の香りが感じられず、味は変わらないと言っていたはずの彼女の嘘に辟易としそうになった。 「ごちそうさん」  半分ほど食べた所で私は店を出た。空いていたテーブルに腰かけながら、ワイドショーに見入っていた彼女は立ち上がり、愛想良く私を見送った。  立ち上がった彼女は丼の中に半分ほど残る蕎麦に気付く素ぶりすらなく、私に「毎度」と、声を掛けた。  引き戸に手を掛けた私は愛想の代わりに小さく頭を下げ、こう返した。 「まずかったよ」    彼女には聞こえていなかったのか、「ありがとうございましたー!」といくつか重なった機械的な声が私の背中を見送った。  ここもそうだ。味も、人も、何処かと同じようなつまらないものに変わってしまった。  その蕎麦屋に通うことはそれからもう、二度となかった。
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