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覚えていてね!
「あの、…少しなら30分位なら…
大丈夫ですけど…」
なぜ、そんな返事をしたのだろうと、自分でも不思議だった。
いつもなら、そんなことをしたことなどないのに。
断ってはいけない気がした。
というより、
逢いたかった人にやっと逢えた、
そんな気がしたのだ。
不思議だけれど。
「すぐ近くに喫茶店があるんだけど、そこでいいですか?」
「あ、はい。」
喫茶店に入り、飲み物を注文すると、しばし沈黙が訪れた。
「さっき…」
「はい?」
「さっき、歌を口づさんでいましたよね。
古い曲なのに。」
「ああ、昔、子どもの頃、祖母の家に住んでいた時があって、その町にあるレコード屋さんでよく流れていたんです。
その頃、私のことを可愛がってくれる、
とてもカッコイイ高校生のお兄さんがいて、そのお兄さんがよくそのレコード店に通ってました。
そのレコード屋さんは、そのお兄さんの同級生の叔父さんがやっているとかで。」
「ひょっとして…、
お祖母さんの家って、仙台?」
「そうですけど…」
「小学校の近くのお店の前にある
ゲーム機でよく遊んでた?」
「ええ。」
「君の名前…、半田潤子?」
「そうですけど…、
まさか、波木のお兄さんですか?」
さっき渡された名刺を見ると
“代表 波木静夫”と書かれてある。
「私の名前覚えていてくれたんですね。」
「だって、一緒に遊んだ後“私の名前は、半田潤子。今度また会うまで覚えていていてね”って言ったろう?」
「そんな事まで…。あの後、お兄さんの姿が見えなくなって、もう会えないのかなって、凄く哀しくて、淋しくて、結構長い間引きずってたんですよ。」
「そうだったんだ。ゴメンね。
君がそんな風に僕のことを想ってくれてるとは思わなくて。
だから、何も伝えてなかったけど、
あの後、父の仕事の関係で
日本をしばらく離れていたんだ。
時折仙台に居たときのことを思いだして、潤子ちゃんどうしてるかな、
大きくなったろうななんて考えてた。
そのうち、大学生になると忙しくなって、余り思い出すこともなくなってすっかり忘れてたけど、さっきバスで凄く気になったのは、潤子ちゃんだったからなんだね。」
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