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「うっわ! クッセェ! なんだお前!」 「さっき、月に一度しか顎髭を剃らないと自慢げに言っていたな。ぬるい! 俺なんて一年に一度しか風呂に入らんぞ!」  赤木は誇らしげに宣言し、再び怠造に向けて拳を突き出した。寝食は髭を剣のように鋭く横に伸ばし、その拳を受け止める。  キンッ、と金属同士が接触したような音が鳴る。おかしい。人間の身体にしては硬すぎる。この黒ずくめの格好に秘密があるのか。 「お前の能力はなんだ!?」拳を押し返しながら、寝食が叫ぶ。 「《垢の鎧(dirty armor)》。全身を分厚い垢で覆った俺に、お前の攻撃は届かないぜ!」  赤木がグッと拳に力を込めると、寝食の髭は張力を失ったように先端から解け、瓦解した。よろめき、赤木から一旦距離を取る。 「逃げるぞ、怠造!」  寝食は本能で感じていた。奴の方が、自分よりも怠惰であることを。超能力の素体は怠惰の形。つまり自分より怠惰な存在には基本的に勝てない。  これは「怠け者の王」を決める戦いなのだ。  ゼェハァ言いながら逃げる二人を、赤木もゼェハァ言いながら追いかける。怠け者に体力は無い。距離は離れずとも縮まることもない。奴に攻撃のリーチを伸ばす術がないことは幸いだった。  とはいえこのままではジリ貧だと、ノロノロとした追いかけっこにピリオドを打ち、振り返る。赤木は追い詰めたとばかりにフッと相好を崩した。  油断。  次の瞬間、赤木の身体は空から飛来した粘着性の青い液体に塗れた。寝食は髭で怠造を突き飛ばしつつ、自身も間一髪のところで頭上からの液体攻撃を交わす。 「グワァ! な、なんだこれ!」  赤木の身を包んでいた黒い垢がドロリと溶け出す。  寝食が驚愕していると、遠方の崖の上に人影が見えた。全身ママに買ってもらったようなダサい服で固めた、角刈り男だ。 「お前は誰だ!」 「新井辰巳。有する能力は《一本槍の洗剤(strong washer)》」 「一本槍の洗剤?」 「トイレ用、風呂場用……あらゆる洗剤を持ち変えることが面倒臭かった俺は、これまで全ての掃除を台所用洗剤一つで済ませてきたのさ」 「なんだって!?」 「俺の洗剤に落とせない汚れはねぇ!」  新井の言葉通り、いつのまにか赤木の垢が全て剥がれ落ちている。  しかも、それだけではない。 「な、なんだこれ。労働意欲が……溢れて……は、働きてぇ!」  赤木の悲鳴に、寝食と怠造の間に戦慄が走った。 「ま、まさかお前……!」 「そう。俺の洗剤は染み付いた『怠惰』すらこそげ落とす。このゲームにおいて最強の能力だ」  怠造が新井に背を向け一目散に逃げ出した。一呼吸遅れ、寝食もその後を追った。
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