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3
なんとか新井から逃げ切った寝食は、手頃な木の幹に背を預けフゥと息を吐いた。隣に怠造の姿はない。
はぐれてしまった。だけどこれは怠造が狙ってやったことではないかと思う。戦闘に巻き込まれるのが面倒だからと寝食から意図的に離れ、またどこかに隠れて昼寝でもしているに違いない。
本当に怠惰なやつだ。だからこそ、惜しいと思う。
新井の一本槍の洗剤は明らかに強力な能力だ。だが怠惰さなら怠造も負けていない。
なぜなら。寝食以上に伸び放題の髭。あれはどう見ても一ヶ月どころの放置ではない。それに赤木以上の体臭と黒ずんだ垢。おそらく数年は風呂に入っていないはずだ。掃除に関して言えば、人生で一度でもしたことがあるのだろうか。
怠造は紛れもなく怠惰界が誇る天才だ。新井に対抗できるとしたら、きっと彼の能力だけ。
せめて怠惰の形さえ分かれば……なんて、寝食が考えたところで意味はない。結局のところ、そんなものは本人にしか分かりっこないのだ。
せめて寝ている間に無様に倒されて、などということにならないよう今は祈っておこう。
***
その後、寝食は面倒だが一人で戦い続けた。
服は一回着ただけでは洗わない男、《服装固定》。
徒歩三分の距離もママの車で移動する男、《助手席の守護神》。
料理は調理器具から直食べの男、《フライパンは皿、菜箸は食べ箸》。
恐ろしく怠惰な能力者たちを何人も相手にしながら、自慢の髭を駆使しどうにかこうにか頑張った。
明け方始まったバトルだったが、いつのまにか日が沈み、また上り、二日目の朝。
寝食は見晴らしの良い岩場を見つけ、登ってみることにした。逆に敵から見つからないよう慎重に。
前方に木々の生えていない広い空き地が見えた。
その空き地の真ん中には……新井だ。さらにもう一人、見るもだらしないわがままボディをした誰かが、ソファの上からテレビを観るかの如き体勢で横たわっている。一瞬怠造かと思って肝が冷えたが、よく見たら全く別人のようだった。
その男と新井の周囲には、浅い溝がぐるりと取り囲むように掘られている。そして溝には見覚えのある青色の液体、《一本槍の洗剤》がなみなみと注がれている。
さながら、海に浮かぶ孤島のようなビジュアルだ。
あれはなんだ。何かの罠か。寝転がっている方の男は一体何者だ。
ふと、男と目が合った。まずい。慌てて岩陰に隠れようとするが、遅かった。男が寝転がったまま寝食に片手のひらを向ける。すると見えない力により身体が男の方へ……すなわち、男の手前にある一本槍の洗剤でできた海の方へと引っ張られ始めた。
「くっ……! 《自在の無精髭》!」
近くの木の幹に髭を巻きつけ身体を固定する。が、大木すら根っこから抜けてしまいそうなほどの力に、髭と顎の境目に激痛が走る。
「やぁ。そんなところに隠れていたのか、髭使い」
新井の声がした。身体全体で踏ん張りながら辛うじて目線だけ送ると、この尋常じゃない吸引力の奔流の中、平気で男の隣に立つ新井の姿が見えた。
彼らは共闘者なのか。
「中村の能力、《俺のベッドが世界の中心》はどうかな?」
「これは一体!?」
「生活に必要なモノは全て、寝ながら手が届く範囲に置いて生きてきた。それが中村の怠惰の形。彼は寝転がった状態であれば、任意のモノを自由に手元に引き寄せることができる!」
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