12人が本棚に入れています
本棚に追加
なるほど。つまり、中村の《俺のベッドが世界の中心》で他のゲーム参加者を引き寄せ、手前に配置された新井の《一本槍の洗剤》で捕える。
ゴキブリホイホイならぬ「怠け者ホイホイ」と言ったところか。
これはまずいな、と寝食は思う。
何がまずいって、やはり一本槍の洗剤だ。あの液体は身体に染み付いた「怠惰」まで洗い流す。
一本槍の洗剤に身を浸した時点で即ゲームオーバー。それだけならまだいい。もしそうなった場合、寝食は怠け者から働き者になってしまうのだ。
そんなのはもはや死と同義。神は死ぬまで戦う必要はないと言っていたが、寝食にとっては死だ。嫌だ、死にたくない。働きたくない!
必死で顎髭に力を込める。痛みなど気にしちゃいられない。
「ギャアー! なぜだ!? や、やる気が、湧いて……!」
「足が勝手に、ハ◯ーワークに!? こんなことがぁっ!」
「ろ、労働ばんざーい! 残業ばんざーい!!」
「なんてことだ……! 休日が……こ、怖いっ……!」
いつのまにか、フィールド全体から参加者の怠け者たちが次々と引き寄せられ、浄化の液体へと沈んでゆく。働き者へと変わり、ハ◯ーワークへと旅立ってゆく。
この世の終わりのような光景に背筋が粟立つ。
「わっ、わわわわわっ! 何これ、え!? なんで身体が引っ張られて……」
「……! た、怠造!」
岩場下の茂みから彼は現れた。
つい先程まで寝ていたことを証明する鼻提灯の残骸を顔面にべっとりと付け、突然の吸引に混乱する怠造。寝食は一心不乱に伝えた。
「逃げろぉ怠造! これは敵の罠だ! 一本槍の洗剤の中に落とされるぞぉ!」
「!? い、嫌だ! 働き者になんてなりたくない!! ダラダラしてたい! 親のすねかじりたい! クズって呼ばれていいから、楽したい! 助けてくれぇ!!」
未だかつて見たことないほどの機敏さで動く怠造。脂汗を垂らしながら、ドスドスと音を立てて、引力に逆らって走る、走る。
しかし、怠け者の足掻きを嘲笑うかのように、中村の吸引がその威力を増した。ものの数歩で体力の切れた怠造はつまずき転倒し、そのままころころと石のように転がってゆく。
万事休す……! 今にも洗剤に落ちようとする怠造の姿に、寝食は思わず目を瞑った。
「なんだこいつ! どうなってやがる!」
いつまで経っても怠造が洗剤に落ちる音は聞こえず、代わりに聞こえたのは新井の怒鳴り声だった。
おそるおそる目を開けると驚愕の事態が起きていた。何もない溝。さっきまで一本槍の洗剤で満たされていたはずのそこには、ただ怠造が一人落ちているだけ。腹の肉が挟まって動けない様子の彼は「あぁもう無理。動けない。俺は一生この溝で暮らすんだ……」と落ち込んでいる。
その発言は間違いなく怠け者のそれだ。彼の怠惰は浄化されていない? それ以前に、洗剤はどこにいった?
寝食の疑問に答えるように、新井が再び口を開いた。
「お前のポケットが、洗剤を消したのか!?」
最初のコメントを投稿しよう!