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4
見えない何かに身体を無理やり引っ張られる。怠造はこのまま一本槍の洗剤の中で怠惰を洗い流され、働き者になってしまうかと思われた。
ところが。溝に落ちる瞬間、唐突に脳髄で何かが煌めいた。俺はここだと主張するかのようなその煌めきの正体が「超能力」であることは、すぐに分かった。
使い方も本能で理解できた。ただ脳内で「消し去れ」と念じただけで、彼の怠惰の形——ズボンのポケットは、たちまちのうちに新井の一本槍の洗剤を吸い込み、一滴残らず異空間へと消し去った。
「怠造、大丈夫か? こいつに掴まれ!」
洗剤を回避したはいいが溝にハマった怠造を、ネルが髭を伸ばして助けてくれる。
溝から抜け出し、目の前で未だ呆然としている新井(と、吸引能力の使い手と思われるデブ)と向き合う。新井が冷や汗を垂らしながら叫んだ。
「お、お前の能力は一体なんだ!?」
怠造は答える。
「……俺は今まで、ありとあらゆる面倒事をポケットの中に仕舞い、紛失してきた。学校から貰った大事な書類も。友達に借りて返さなきゃいけないゲームカセットも。プロポーズのための婚約指輪も。他にもいろいろ。内心『失くすかもなぁ』と思いながらとりあえず一回突っ込み、そしてそのまま失くしてきたのさ。
俺のポケットの中はブラックホール。一度入ってしまえば、二度と日の目を見ることはない」
「な、なんて怠惰な!」
寝食は「あっ」と声を上げた。そうか、怠造のポケットの中に説明書がなかったのは、能力の発動によって異空間に消えてしまったからだったんだ。
それにしても、なんて恐ろしい能力。このゲーム最強であったはずの新井の能力さえ消し去った、正真正銘最強能力だ。
「これが俺の怠惰の形。能力名は……やめた。考えるのも面倒臭い」
「……ダメだ。こんなやつに、勝てるわけねぇ」
新井が力の抜けたようにへたり込む。寝食も、おそらく中村も、場にいる全員がその言葉に同意した。それはまさしく全ての怠け者が平伏し、「怠け者の王」が誕生した瞬間だった。
「どうやら、試合終了のようだな」
空が割れたように光が降り注ぎ、神が鼻をほじりながら降りてきた。
「優勝おめでとう、相楽怠造。君こそがこの日本で一番の怠け者だ。君ほど怠惰で自堕落なクズ人間は私も見たことない。いや、見事だ」
「世辞は要らない。それより『一生働かなくてよい権利』は? 『専属お世話係』は? 『正月の集まり参加免除』は? 早く寄越せ!」
これまでにないほどの早口で景品を無心する怠造。やはり王は一味違うなと寝食は舌を巻く。
神はなぜかバツが悪そうに頭を掻いた。
「それなんだけど……渡せなくなっちゃったんだよね。というか、バトル自体が無効っていうか……」
「は?」
「いやー、そのね? このバトルを開催するにあたって、本当は八百万の神に対して申請書を提出し、認可を得なきゃいけなかったんだけどさ……ごめん。面倒臭くて放置してたら、提出忘れちゃった」
神の朗らかな笑い声が、白けた空気の中いつまでも響いていた。
その後、怠惰を司る「怠惰神」と「怠け者の王」による頂上対決が始まったことは言うまでもない。
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