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 見渡す限り木々が生い茂る広大な密林地帯のど真ん中。少し拓けた盆地。神は目の前の、困惑した様子で立ち尽くす人間どもを数メートル上空から見下ろしていた。  彼らは全員家でゴロゴロしていたところ、神による肉体転移でこの場所に集められたのだ。状況理解のできない哀れな彼らに向け、神は厳かな声で告げる。 「お前たちには今から、殺し合いをしてもらう」 「……えー、何それ。だる」 「めんどくさっ」 「疲れそうでやだなぁ」  デスゲームの主催者よろしい神の発言に対し、返ってきたのはおよそ場に似つかわしくない気の抜けた返事だった。  だが予想通りの反応。神は動じることなく、んんっと咳払いをして続ける。 「面倒臭かろうが、これは決定事項だ。ぐだぐだ言わずに殺し合え面倒臭い」 「そんなこと言われても……てか、あんた誰だよ? ここはどこだ?」 「私はこの日本に棲む八百万の神が一人、『怠惰神』。そしてここは、お前たちが殺し合うために私が用意したバトルフィールドだ」 「ふぅん……で、なんで俺たちが殺し合わなきゃいけないんだよ。面倒だから三行以内で説明してくれ」 「日本人、真面目、働きすぎ。お前たち、日本有数の怠け者。このゲームの勝者、日本の未来」 「よく分からん。辞退するから、早く家に帰してくれ。昼寝の続きしたい」  予想を越える怠惰な答えに、神はさすがに頭を抱える。  面倒臭いが説明すると、これから行うのは日本の未来を担う者を決めるゲームだ。  現代日本人は皆真面目すぎる。働き者すぎる。このままでは国は疲弊し衰退する一方。そこで怠惰を司る神である彼の提案で、このゲームの開催が決まった。  今、ここに居るのは日本中から集められた選りすぐりの怠け者たち。  彼らの中から「怠け者の王」を決め、その者を日本のトップにすげ替えることで、上意下達式に日本を怠惰な国に変えてゆこうと、簡単に言えばそういう趣旨だ。  彼ら怠け者がすぐに首を縦に振らないことは分かっていた。しかし縦に振らないどころか、大して内容も聞かず辞退しようとしてくるとは。  普通デスゲームって強制参加だろ。辞退とかないだろ。  神は呆れながらも、怠け者たちを動かすために用意しておいた切り札をつきつける。 「ちなみに優勝者には『一生働かなくてよい権利』『専属お世話係の配属』『正月の親戚の集まり参加免除』などの特典を用意しているのだが」 「なんだと?」  怠け者たちの目の色が変わった。思いの外自分に利のあるゲームだと理解し、途端に周囲のたちとの間にピリピリした空気が流れ出す。  そんな中、まだ一人の男が抵抗の声を上げる。 「だ、だからって、殺し合いはやっぱり嫌だよ。死ぬのは面倒臭いし」  男の言葉に何人かが頷く。神は止むを得ず、一つのルールを提案する。 「じゃあ、死ぬまでは戦わなくていいよ。勝負が決したなと思ったらこっちで止めるから。今決めた」 「戦うための武器は? 準備がダルい。かと言って素手は痛いし……」  再び大きく頷く人間ども。神はイライラしながらも、自分も面倒臭さにかまけてしっかりとルールを固めてこなかった自覚があったため強くは言えない。 「分かった。武器もこっちで用意するから」そう言って、神はボソボソと呟き、念じた。 「……はい。今、お前たちに戦うための超能力を授けたから。これで文句ないだろ?」 「超能力?」 「能力の詳細はそれぞれのズボンのポケットに説明書を転送した。面倒だから、各自読んでくれ」  人間たちがポケットから説明書を取り出し、真剣な表情で読み始めた。あぁ、ようやくゲームが始められそうだと神はホッと安堵の息を吐く。 「あのー。なんか俺のポケット、何も入ってないんだけど」  一人の男が困ったように言う。転送し忘れたのだろうか?  神はすでに、面倒臭さのピークに達していた。 「よし。問題ないな? では明日の朝、日の出とともにゲームスタートだ。健闘を祈る」  ポケットが空だったと言う男に申し訳程度の罪悪感を覚えつつ、神は蜃気楼のように姿を消した。
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