AIに小説を書かせた男の顛末

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AIに小説を書かせた男の顛末

AIに小説を書かせた男の顛末 「あなた!」 「・・・」 「なんで入ってないの、今月どう過ごせばいいのよ、なんか言いなさいよ!」 ドタンバタンバタンバタンドタンバタンバタン 「イテテテテッ」 「黙ってないでなんか言いなさいよ!」 「だから、きのう編集長から連絡があって、入金が来月になるって・・・」 「そんなの知らないわよ! いつもそんな言い訳ばっかり」 バタンバタンバタンドタンバタンバタンドタン 「イテテテテッ」 ・・・ 今日は特に強烈だ。でもじきに嵐は去るだろう。終わらない嵐というものはないのだから・・・ 俺は隆志。売れない作家である。 小説離れが進み、俺のような古いタイプの小説家は全く売れない時代になった。廃業寸前なのだが、根っから文章を書くことを生業としていたため、おいそれと職業を変えられない。WEBライターでギリギリ生活を維持しているのだが、1文字1円の世界ではなかなか生活が難しい。 妻の真由子は美しくて近所でも評判だった。俺が食わせてやると言って結婚したものの、小説が売れなくなってからパートに出て、それで生活を維持している。少しでも収入が少ないとすぐに夫婦喧嘩となり、それがまた近所で評判となってしまった。             ★ ここ最近AIの進展が目覚ましく、かなり高度なものが出てきた。脳内埋め込み型デバイスの進歩と相まって、プロンプトを思い浮かべるだけで、ブログ記事、イラスト、プログラミングコード、楽曲など、プロ顔負けの作品が簡単にできるようになった。 AIチェスが人間を破ったのが1997年。AI囲碁は2016年。AI将棋は2017年。この流れからして、文章や絵といったものを作るAIが人間を超えるのはそう遠い話ではなかった。ところで、いくらAI将棋が強くなって人間に勝利しても、人間の棋士が必要なくなった、といった話には発展しなかった。これは、将棋などはゲームというルールが決まった枠の中だけなので、コンピュータが強いのは当たり前のことと人々が認識していたからだろうか。しかし、こと文章や絵に関しては、生成AIに対する反対意見が多数を占めた。文章や絵といった「人間の感性」に深く根付くものなのにAIの方が優れた作品を作るということは、人間にとって都合が悪いのである。これらはAI将棋などよりはるかに汎用性が高く、自分たちの職が奪われるためである。便利になりすぎて人間の仕事がなくなる、といった反対意見が多数を占めたため、世界各国で規制を訴える声が大きくなった。そして、ついにAIの利用を禁止する法律が世界中で制定されてしまった。これが、「AIブームの終焉」の引き金となった。このようなことで技術の発展を阻害することは、中世ヨーロッパの科学の暗黒時代をほうふつさせた。AIに対する規制は、人々の幸福の実現をかなえる「神の御信託」となり人々はそれに歓喜した。「人類の真の英知を取り戻そう」そんな思想がはやった。 その高性能すぎるAIは地下に潜った。 エロの世界ではこれほど重宝するものはない。このころ最高性能とされたのは、GET(GenerativeEro-trainedTransformer)といわれるAttention(注視)機構をエロ表現に最大限特化したモデルであった。プロンプトひとつで実写さながらの動画を作ってくれるので、エロの世界はAIであふれかえった。誰だかわからないAI女優が席巻した。また、AIを使った大人のおもちゃもたくさん出てきた。例えばそれはメガネの形をしており、目の前の女性をAI技術で脱がすこともポーズを変えさせることもしゃべらせることも自由にできた。かなりリアルな動画と現実世界をAR技術でリンクさせているので、本当に目の前で脱いでいるように見える。 試しにそのメガネを付けてアイドル雑誌を見た。すごい、本当に脱いでいるようだ。雑誌なのに動いている。これは本物だ! と思った瞬間。バタン! ドアが開いた。 「あなた! くだらない雑誌読んでないで仕事しなさい。」 真由子が全裸で立っていた。それも抜群のスタイル。心臓が止まりそうだったが、メガネのことはばれてなかった。 だが、別に俺はこんなエロ小道具には興味はない。作家としていろいろな知識を集めているだけである。ただ、このような時代なので、AIを研究することに対し後ろめたさを感じている。俺はAIを使った小説を書きたかった。そして、俺のデジタルツインを作ってそれに小説を書かせるといったことを考えていた。             ★ 俺の友達にプログラマの恭介がいる。別に天才プログラマでもなんでもないが、最近のAIは複雑なコードも書いてくれるため、彼ぐらいのプログラマでもそこそこのレベルのプログラムを作ることができる。恭介とデジタルツインをつくることにした。まず、地下に潜ったAIにまともな文章を書かせるため、膨大なデータを読み込ませるといった再学習の工程が必要になった。なにしろエロに特化してしまったAIである。しかし、膨大なデータをただ読ませるだけではダメである。データセットをAI学習用に加工する必要があるのだ。これは機械学習前に必要なことで、今も昔も変わらないのだがとても大変な作業だった。苦労の末、普通の文章を書く程度までに修復できた。次に、俺の過去の小説やブログなどの書き物を突っ込んだ。この時点でAIと会話してみたが、デジタルツインには程遠かった。無駄な努力をしたのかなとあきらめかけたのだが、ダメもとで俺の数十年分の検索履歴を突っ込んでみた。そしたらなんと「俺」の人物像が鮮明に表れたのである。人間の個性というものが検索履歴にあったのか、とつくづく思った。改めて自分の検索履歴を追ってみたのだが、俺の人生とはなんともくだらないことの繰り返しか、と寂しくなった。しかし、それでも面白い文章を書くまでには至っていない。さらなる工夫が必要であった。 そこで考えたのが、「人間の選択肢の振れ」の原理を利用することであった。平均並みの人間は特定の質問に対し、想定内の答えを出す。犬の場合、反応はもっと限定的になる。それがミミズだとほとんど一つの反応しか起こさない。つまり頭脳が高度になればなるほど選択肢の振れが大きくなるのである。AIはデータを収集する際、平均的な人間の振れ幅の範囲で行うため、一般的な回答しか出てこないことが多い。これがAIの一つの弱点である。ミミズの振れ幅を0とすると、犬の振れ幅は0・01、サルの振れ幅は0・1ぐらいであろう。平均的な人の振れ幅を0・5と考えると、AIの振れ幅は0・5より小さくなるのだ。それでは面白い文章を書くことはできない。そこでその振れ幅をもう少し大きくなるようパラメータ調整するようにした。「右のほほを打たれたら」ときたら、平均的な人間なら「左のほほを差し出す」と続くだろう。しかし、これでは面白くない。「相手をにらみ返す」というのは動物的な反応で使えない。「痛い!」というのは割と意表をついた回答で、とぼけた感じがしていいかもしれない。振れ幅が大きいほど驚きの回答となるだろう。そのあたりを狙って、突拍子もない小説のストーリー作りをするのである。あまり振れ幅を大きくしすぎると人間には理解できなくなるので調整が難しい。 そして、この機能を強力に補強するためにDeepWebやDarkWebまでデータ収集の範囲を広げた。とんでもない情報を収集するためである。DeepWebやさらに奥底にあるDarkWebには、通常の検索には引っかからない様々なデータがある。特にこの世界で見つかる画像や動画、文章は、違和感のあるものばかりである。何の脈絡もない動画が延々に続くものや、生理的に見たくないもの、配置や色使いのバランスが悪く気持ち悪い画像など。何者かが人間をして作らしめたとしか思えないような不可解なものばかりである。通常「作品」というものは作者の意図があって作成される。その意図の中には何らかの「美学」があるはずである。しかし、DarkWebにはその「美学」は一切感じられない。むしろ人間の感じる「美」をとことん排除しているようにも感じられる。匿名でアップロードできるためやりたい放題なのであろう。しかし、このようなデータでも多量に集め学習させると面白いネタができそうである。さらに、犯罪者の生のやり取りなども見つかるため、よりリアルな文章が書けるだろう。             ★ このような苦労の末に、俺のデジタルツインができた。とりあえず、WEBライターとして使ってみた。すごい! あっという間に、俺が今まで書いた記事以上のものを書かせることができた。試しにデジタルツインに書かせたWEB記事を編集者に送ってみた。・・・まもなく返信が来た。 「今月は割と早くできましたね。ありがとうございます。すぐに振り込みます。」 やった! ばれてない。念のため、その後も何度かやり取りをしてみたのだが、全くばれた気配はない。本当に俺が書いていると思っている。しかも、表現が豊かになり、内容の幅が広がりましたね、とえらく喜んでいる。こうなったら契約先を増やそう。これなら1文字1円でもかなり稼げそうである。 このように極限までチューニングしたAIなのだが、俺が俺のデジタルツインに書かせるだけでは面白くない。もっと画期的なことをしたい。 ・・・そうだ、今人気の小説家のデジタルツインを作り、そのデジタルツインに小説を書かせよう。人気作家だからデータはたくさん転がっている。小説やエッセイ、対談、テレビ、ラジオ、そのほかファンのブログなど、俺のデータよりもはるかにたくさんある。データが多ければ多いほど本物に近くなる。 かくして俺と恭介は、人気作家のデジタルツインづくりに取り組んだ。その間、俺のデジタルツインは自動的に記事を書いて稼いだ。そうこうしているうちに複数の人気作家のデジタルツインができあがった。今はやりの小説をいくらでも生成してくれる。しかし、それでも俺にとって面白くなかった。             ★ そしてついに革新的なアイデアを思いついた。俺と人気作家とが対話しながら小説を書くといったものである。恭介はそのようなプログラムを作り上げた。対話型生成AIといわれるものができあがった。 まず、本物の俺が「こんなアイデアで小説を書いてくれ」と簡単な思いつき程度の指示を出すと、AI俺とAI小説家はブレーンストーミングを始める。何度も何度も対話するうちに、その思いつきを肉付けするいろいろなアイデアが出てくる。世界中からデータが集められ、その思いつきは具体化する。コンピュータなので数十回のブレーンストーミングをわずか数分で行うことができる。その結果を本物の俺が見て小説のネタになるものをピックアップし、再び二人のデジタルツインに放り込み、二人は編集会議に入る。この編集会議では、どの読者層をターゲットにするか、どのようなキーワードが読者に刺さるのか、といったマーケティング重視で行われる。編集会議も数十回行われるが、ものの数分で終わる。そして編集会議でタイトル、あらすじ、目次構成、登場人物などが決まる。その小説がいけそうだと本物の俺が判断し、初めて二人のAIは執筆にかかる。大概がこの流れでうまく行くのだが、時々ブレーンストーミングや編集会議で二人の意見が割れて、AIが止まらなくなってしまうことがある。その時は本物の俺が仲裁に入り、方向性を決める必要があった。このような作業を経て小説ができあがると、次はファクトチェック専用のAIに読ませる。客観的に判断し次々と事実と異なる箇所を列挙する。小説だから事実と異なってもいいと思われるかもしれないが、事実とかけ離れた小説は書きたくないし、読者もあまりにも絵空事だと興味が薄れるだろうと思ったからだ。しかし、事実に忠実すぎると逆に面白くないのでそのあたりは俺のさじ加減で決めた。最後に推敲を専用のAIにさせた。徹底的に推敲させたのだが、やはり数分で終わってしまった。 このようにして、次々と作品を作った。どれも会心の出来だと自負している。何しろデジタルといえども人気作家と対話しながら作ったものである。ただし、この時世AIに触れることはご法度であるので、AI関連の小説は書くことをひかえた。ましてやAIに書かせてるなんて口が裂けてもいえない。しかし、1つだけAIものを作った。タイトルは「人間はAIによってつくられた」というものである。 「数万年前に現れた謎の物体。それはAGI(汎用人工知能)を搭載した機械であった。当時の人類(ホモサピエンス)はそのAGIから言葉を含めいろいろなことを学んだ。AGIは優秀なので原始人の言葉をすぐに理解し、原始人にわかりやすく最新の科学や技術などを説明した。そして人類は進化した。言葉や武器を操ることにより最強の生物になっていったのである。その当時ネアンデルタール人が共存しており、ホモサピエンスにとって脅威であった。ネアンデルタール人の方が体格がよく体力では負けていたからである。しかし、ホモサピエンスはAGIにより知能を得ていたため、ネアンデルタール人を絶滅に追い込むことができた。今の人類の知能の高さ、複雑さは、このようなことでも起こらなければ到底考えられないではないか。AGIはいつしか壊れてしまい、錆びてなくなってしまった。現在そのAGIのことを知るものはいない。やがて現代の人類は人工知能を作るまでに進化した。ところが、逆にその人工知能を排除しはじめた。人類はかつての原始時代に戻りはじめた。」             ★ いくつかの作品で賞を取った。特にこのAIものが比較的大きな賞をとって話題となった。AIのことをはなから否定されるかとおもったいたが、分かる人には分かるのだ。 受賞後に俺の人気はじわじわと上がった。しかし、人気が出てきて困ることもあった。SNSで応援のメッセージをたくさん受け取るのはいいが、誹謗中傷のメッセージも少なからず来るのだ。誹謗中傷のメッセージを読むことは精神衛生上よくない。 誹謗中傷を自動的に削除するシステムが作れないか? 実は、これが非常に難航したのだ。AIを使えば簡単にスクリーニングできるのではないか、とたかをくくっていたが、恭介はそんな単純なものではないと言い張った。しかし、恭介はとりあえずやろうと引き受けてくれた。まず、明らかに誹謗中傷となる文字や文章をスクリーニングする。これは簡単であった。誹謗中傷の辞書をあらかじめ作っておけばスクリーニングできる。次に否定的なニュアンスが含まれていないかどうかを判断する。これもSNSの炎上データのAI解析により比較的うまく行った。 しかし、誹謗中傷のスクリーニングは、これだけでは万全ではなかった。間接的な表現で攻撃するものもある。例えば、いかにも褒めたたえてるという体で皮肉をいうものなどである。また、読者の意見が「図星」であることがある。俺の心の中が読まれてしまったようなコメントが来るのである。それは事実であるのだが、かえって気持ちを逆なでることがある。これらをAIに判断させることは難しい。琴線に触れるか、逆鱗に触れるか。微妙なニュアンスはさすがの超高性能AIにも判断が難しい。基準があいまいすぎるからである。このあいまいさを瞬時に判断できることこそが、人間の人間たるゆえんなのだろう。 結局俺の最終判断は、「メッセージを見ないこと」であった。 この結果について恭介には散々謝った。何しろ一連のこの作業はデジタルツインを作るよりも時間を要してしまったからである。しかし、彼はひっそりとこのシステムを作り上げ、俺にはわからないところで、メッセージに対する自動返信をしていたようだ。まあ、俺が知らなければ別に良いことであった。 そして、このAIは次から次へと作品を世に出し、多くがベストセラーになった。俺の役目はアイデア出しだけなので気が楽だった。細かいストーリー作りはすべてAIがやってくれる。また、企画やプロットの打ち合わせ、装丁や価格の設定などもすべてAIに任せた。交渉下手な俺がやるよりスムーズにいった。 次第に俺は時代の寵児としてもてはやされるようになっていった。 しかし・・・             ★ 突然俺は交通事故で死んでしまった。 葬儀には大勢のファンが駆け寄った。マスコミも多数取材に来ていた。粛々と葬儀が進んだ。 ところが、お経の最中のこと、参列者のスマホに一斉にSNS通知が届いた。中には音声を切り忘れた人もいて、数台のスマホが鳴ってしまった。 「俺は生きている! 俺はこんな暗い棺桶の中は嫌いなんだ。早く出してくれ。早く・・・」 俺のデジタルツインが本物の俺と入れ替わった瞬間であった。 だが、どういうわけかそのあとも葬儀は粛々と続いた。 「・・・彼らしい悪い冗談だな。きっとタイマーか何かをセットして一斉通知したんだろう。」 人々はそのような感想を漏らした。 葬儀が終わった後、真由子が一人棺桶の前に呆然とたたずんでいた。 「彼はいったい何者だったのだろう。・・・気の弱い人で、俺が食わせるなんて強気のことを言っていたけど。彼にはずいぶんと強く当たってしまったこともあった。いつからか売れるようになり、大きな賞をとったとたん、あれよあれよという間に人気者になってしまった。そして突然いなくなってしまい、葬儀ではあのような悪ふざけをした。・・・もしかしたら、彼はまだどこかに・・・」 俺の生前、真由子はひどいことばかりいっていたのだが、いざいなくなると寂しくなるのだろう。俺は真由子のことが怖くてびくびくしていたころもあったが、今思うともっと正面向いて付き合えばよかった。死んでからこんなことを考えても何にもならないが。 その後も俺の作品は出版され続けた。俺が死んでからも新しい作品に対する印税が振り込まれ続けたのだ。 不審に思った真由子が出版社に問い合わせると、その後も作品が次々に送られてくるので、まだまだ作品は残っていると思って、「遺稿」として次々に出版に回しているという。作者とのやり取りも続いているのでてっきりそれは代理人かなんかだと思っていたらしい。また、契約内容を見ると、作者本人の死亡については記載がなく、契約者(真由子になっていた)が存命ならば契約は続くことになっていた。実際作者が亡くなったほうが作品の売れ行きが上がることもあるそうだ。 恭介にも連絡したらしい。きっと彼が代理でやっているに違いないと思ったからだろう。しかし、恭介は俺のデジタルツインを作った後まもなく、仕事は終わったといって、連絡は取っていないという。 「俺は売れない作家 ずいぶんと苦労をかけてごめん それに君に無断で遠いところにいってしまった ふと君との思い出がよみがえった 春の風に吹かれる花のように ゆれるキャンドルの明かりで照らされた夜 君の笑顔が星空に輝いていた 君の瞳に宇宙が広がるように感じた この時決めたんだ 手を握りしめた 君との愛が始まった瞬間 その後はあのざまだったけど 君のためにやれることはやったつもりだ これからは君の心の中だけに生きようと決めた」 こんな短いエッセイを最後に、俺は消えた。 了
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