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02
振り返らずに無視して進むと、その女は俺の目の前に立ちはだかってきた。
女の格好はフリルが馬鹿みたいに付いた半袖の黒いワンピース。
そこから見える腕や太ももにはテディベアやウサギ、犬猫などに花が散りばめられたタトゥーと、リストカットとレッグカットが文字のように刻まれている。
顔のほうはというと、ぱっつん前髪に死人のようなファンデの厚化粧、目の周りはまるで何か儀式でもする異教徒のような真っ黒だ。
「無視すんなよぉ、アオトぉ。アタシだよぉ、あなたの大事なめららだよぉ」
名乗られなくても知っている。
この行き過ぎた地雷系女の名はめらら。
少し前にAVデビューし、親バレしたことで業界を辞めさせられた女だ。
それだけならよかったのだが、めららの両親は俺が紹介したAV事務所を出演強要で訴えた。
めららが知能障害がどうとか詳しいことは知らない。
だが事務所がワイドショーに取り上げられて、ネットでも炎上してともかく叩かれまくった。
幸いそのことで事務所の社長の怒りが俺に向くことはなかったが、示談金やらなんやらで余計な金を使わされたらしい。
親のせいでAV女優ではなくなってしまっためららは絶望した。
それはAV業界が初めて自分が輝ける場所だったと、心の底から思っていたからだ。
しかし夢の時間が終わり、その後は元AV女優という肩書で風俗に流れ、接客の悪さからクビになった。
その後は酷いもんだ。
路上に立って客を求めたが、ドラッグでやつれ、タトゥーを入れたのもあって一万円以下でも誰も買わなくなった。
そして、立て替えためららの金を回収した俺は(実際は何十倍は稼がせてもらった)、完全にこいつを切った。
店でもマスターに相談して、ストーカー扱いにして出禁にしてもらっている。
めららのような自己肯定感が低い女は、自分がイケてないと思っているから扱いが楽だった。
だがパンクして病み過ぎると、非常にヤバい奴へと変貌する。
切り時をミスったか……。
わかっていた。
わかっていたはずなのに。
まさか待ち伏せするほどになっているとは思わなかった。
だがまあ、なんとかなる。
めららは頭が弱い。
適当に取り繕えば、簡単に帰らせることができるだろう。
「ごめん、仕事明けで疲れててさ。なんか頭がぼやけてて気付けなかったよ」
「えッ!? 大丈夫アオトッ!? きゅーきゅーしゃ呼ぶッ!?」
「心配してくれてありがとう。やっぱめららは優しいな。俺は大丈夫だから、でもちょっと休みたいから、せっかく会えたけど行くね」
そう笑顔で言うと、めららは不安そうな表情をしていた。
俺は手を振りながら背を向けて、その場を去っていく。
足音からして追いかけて来てはなさそうだ。
チョロいチョロい。
相変わらず頭の弱い女だ。
二度とお前と顔を合わせるかってんだ。
とりあえずマスターに相談してから探偵を雇って証拠を集めて、それから警察に――。
「イテッ!? なんだよこれ血がッ!?」
対策を考えながら歩いていると、突然、背中を刺された。
俺が振り返るとそこには、半袖の黒いワンピースにタトゥーとリストカットだらけの女――めららが包丁を持って笑っている。
「アオトの血……キレイだねぇ……」
「イテェな、めららッ! なんでこんなことすんだよ!? お前、こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」
「めらら、自分を取り戻すのぉ。アオトを殺してぇ……一つになってぇ……誰にも負けないくらい幸せになるんだぁ……」
殺される。
そう思ったとき――。
めららが数人の男に取り押さえられていた。
運良く正義感の強い人が周りで見ていたのか。
助かったと安心した瞬間、俺は意識を失った。
――目を覚ますと、俺は病院のベットの上にいた。
それから看護師や医者に話を聞き、傷自体は大したことないことを知った。
数日後には退院し、俺はマスターからその後のことを聞いた。
めららは俺を刺した後、警察に捕まったらしい。
どういう扱いの罪状なのかは聞けなかったが、しばらくは出てこれないようだ。
「ストーカーってのは怖いなぁ。まあ、もう二度とお前に近づけなくなるようだから安心しろよ、アオト」
この結果から警察が俺とめららのことをろくに調べていないのがわかる。
まあ、それも当然だ。
俺はどこにでもあるダイニングバーの店員で、ホストでもボーイズバーの店員でコンカフェ店員でもない。
さらに以前からめららを出禁してもらっている。
今話題になっている客に貢がせる問題とは無関係だと思うしかないだろう。
刺されたことは反省しなければいけないが、俺の将来は今でも明るいままだ。
「おう、アオト。今日はもう上がっていいよ。復帰したばっかで無理するこたぁねえから」
マスターの好意で早めに上がらせてもらえた。
そのうえで半休扱いにしてくれて給料を出してくれるらしい。
そりゃまあ店に客を集めて貢献している俺にこれぐらいはしてもらわないと困るというか、むしろ当然だと思う
時間は深夜十二時になる頃だった。
無駄遣いもしたくないので、家に帰って自炊をしよう。
その後はアマプラでも見て寝よう。
「久しぶりぃ……元気してた?」
明らかに五十は超えていそうな女が声をかけてきた。
ババアに片足を突っ込んでいるくせに、髪型はツインテールで服はフリルのついた裾がひらひらしている服を着ている、どう見てもヤバいおばさんだ。
「うん? すみませんけど、どちら様でしょうか?」
「忘れちゃったの……」
地雷系おばさんが近づいてきたので離れようとした。
だが想像以上に動きが早くて離れることができず、俺の喉に何か金属のようなものが突き刺さった。
そのせいで喋ることはおろか息ができず、あまりの痛みで何も考えられなくなる。
「ゴ、ゴボ……おま……だ、だれぇ……」
「わたしはあなた、あなたはわたし……。ずっと会いたかったよ、アオトくん」
それから見覚えのない中年の女は自分の思い出を語り出していたが、何も耳に入らないまま俺は意識を失った。
〈了〉
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