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あなたに会いたい。 このセリフを何度も言われたことがある。 それはお前がイケメンだからだろって聞こえてきそうだが、俺はけしてかっこよくない。 客商売なので身なりには気を遣っているから、そう誤解する人間もいる。 だが休日に家でいる姿は、間違いなく女が嫌うだろう容姿だ。 清涼感に気を遣っても自己評価は中の下。 とてもじゃないが顔で女を落とせるタイプではない。 それでも俺と会いたいという女は途切れない。 その理由は簡単だ。 相手の話を聞き、ただ見つめて頷いていれば自然とそうなる。 間違っても「こうしたらいいんじゃないか?」「こうするといいよ」などと、アドバイスをしてはいけない。 女は黙って話を聞いてくれる普通の男が好きなのだ。 イケメン過ぎても警戒するし、身長が高く手足が長かったり、筋肉がつきすぎているのも威圧感を与えてしまう。 普通、普通、普通。 普通こそがこの世で一番最強。 まあ、女全体に通用するわけではないが、基本的に俺がモテるためにはこの方法で勝負するのが正解だった。 「あはは、楽しい。アオトくんといるとなんか落ち着くんだよね」 「あんまりからかわないでよ、むりまりちゃん」 アオトは俺のバーテンダー名だ。 本名は好きじゃないので必要がなければ名乗らないし、自分から言うことはまずない。 今目の前で笑っている女の名前はむりまり。 こいつも当然、本名じゃないだろう。 服こそ大人びたものを着ているが、肌の質感からして明らかに未成年だ。 そんなむりまりは、金さえあればうちのバーへ来る。 誤解してほしくないが、うちはホストクラブじゃないし、ボーイズバーやコンカフェでもない普通の男性客も来るダイニングバーだ。 むりまりも高い酒など飲まず、いつもノンアルコールカクテルを飲んでいる。 これだけで健全な店だということがわかってもらえるはずだ。 「あとアオトくんの作るシンデレラはサイコーだし。マジでエモいよ」 シンデレラとは、ガラスの靴やカボチャの馬車で有名な童話にちなんで作られたノンアルコールカクテルの代表ドリンクだ。 オレンジ、レモン、パイナップルの果汁がバランス良くミックスされた、特にパイナップルの香りが印象的でやや酸味のあるすっきりとした味わいで、さらに甘すぎない味が人気のカクテルでもある。 ちなみにシンデレラのカクテル言葉は『夢見る少女』。 魔法が解けてしまう十二時までは王子様との夢の時間をすごせるお話だからそんな言葉になったのだろうが、正直いって俺はあまり好きじゃないネーミングセンスだ。 そんなシンデレラを口にしているむりまりは、今夜も朝までここですごすと言ってくる。 別に売り上げで俺の給料は変わらないが、むりまりが俺に会いたいというだけで金があるときは店に来るので、バーのマスターからはよくメシを奢ってもらえる。 「うん? 電話来てんじゃない?」 「ああ、そうだね」 俺は客がいるときは電話に出ないので基本的に放っておいているが(マスターは構わないと言っている)、客からそう言われたら確認だけはする。 こういうのも駆け引きというか、どんな相手と連絡しているんだろうと、客の想像力もとい妄想を煽るためだ。 スマホの画面を見てみると、同じ人間から何度もメッセージが来ていた上に、LINE通話も恐ろしい数が来ていた。 うわやば、メンヘラ発動してるよ。 これを一度でも経験をするとマジでSNSが嫌いになる。 「どうしたのアオトくん? まさか彼女とか?」 「お客さんだよ。連絡先を交換したらしつこくてさ。でも店やってるのもあって冷たくできないし、まいっちゃってるんだよね」 半分ホントで半分ウソ。 相手を騙したいなら、会話に真実を混ぜて話すというトーク技術があるらしいが、やっているうちに癖になっている。 鬼電して来たのはもちろん女で、名前はらいにゃ。 目の前にいるむりまりと同じように未成年のときからうちの店で朝まですごし、金がないときは俺が立て替えていたメンヘラだ。 らいにゃは、以前に俺が知り合った社長の事務所からAVデビューさせている。 無理強いはしていない。 らいにゃは俺に金を返したいのと会いたいという理由でAV女優になった。 紹介料は女が稼げばその一割が俺の懐に入るようになっている。 ちなみにらいにゃはそのことを知らない。 彼女は仕事を紹介した俺に感謝し、アイドルになった気分だとAV業界を楽しんでいる。 それでもやはり病む瞬間があるのか、そのたびに連絡してくる。 まあ、稼げるうちは付き合ってやる。 「じゃあ、また会いに行くね。おやすみ!」 閉店の午前四時になり、むりまりが店を出ていった。 今回も飲み食い代は俺が立て替えた。 あいつ、もう少しでパンクするな。 むりまりの周りも未成年でホストだ同族の地雷男子に貢いでる奴が多いらしく、デリヘルや立ちんぼをするのに抵抗がないと、冗談交じりで言っていた。 十八になったらすぐにでもAV事務所に紹介するか。 そこから人生が変わるかは奴次第だ。 「今はお前みたいなのがモテるんだな。俺の若い頃はよぉ。デカい声でデカいこと言ってりゃ勝手についてくる女が多かったけど、なんか今は逆に見える」 「別に俺がモテるわけじゃないですよ。みんな、話を聞いてくれる相手がほしいんじゃないんですかね」 マスターが店の片付けは自分がやると言ってくれたので、俺も自宅に帰る。 その自宅は店から近く駅も近いのに、家賃たった月三万二千円の格安のアパートだ。 ユニットバスだが、この値段で風呂があるのは有難い。 清潔感は俺の武器だからな。 「腹減ったな……。でも、やっぱ寝る前はやめとくか」 バーテンダーの給料は大したことないが(バイトだし)、女のおかげでそこそこ金は持っている。 それでも無駄な出費はほとんどしない。 住むところも衝動的な浪費もケチっている俺だが、食事だけは気を遣っている。 その理由は、食べるものは体型や肌にもろに影響が出るからだ。 若いうちはまだいいが、歳をとったらもう二度と戻らないとネットの動画で見た。 綺麗に歳をとりながらまだまだ女から金を引っ張りたい俺としては、食事も投資と同じだ。 服に関しては、必要なときにレンタルすればいい。 ただひたすら倹約と貯金、さらに米国のインデックス株で資産を貯め続け、目標額になったら後は資産運用で儲かった金で一生遊んで暮らす。 それが金のない毒親から生まれ、小、中、高校と周りにクソみたいな連中しかいなかった俺の唯一の希望だ。 ホストや闇バイトのほうが手っ取り早いのはわかっているが、ホストはライバルが多いし、闇バイトは捕まる危険と脅されて一生を奴隷のように使われる可能性を考えると今の稼ぎ方がベスト。 よくイラストレーターが金を得るためにエロい絵を描いて、固定のパトロンを得るようなものさ。 俺は俺の身に付けた知識と話術で、仕事しなくても食うに困らない人生を手に入れるんだ。 「やった、アオトだ……。やっぱここで待ってて正解……」 俺がコンビニの誘惑を振り切った後、背後から聞き覚えのある女の声がした。
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