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入学
「アウラちゃん、荷物これだけなの?」
床に置かれたちっちゃいカバンを見て、チャロが言った。
返答がなかったので、小柄な彼女はしばらくしてからもう一回言うことにした。
「アウラちゃん?」
ヤバイヤバイ!
そう思って急いで反応したのは、ひょろっとしてあまり健康的ではない少女。
「あ、ごめん!」
アウラはベッドにシーツをつける手を止めて、チャロに答えた。
(ものすごい失敗をしちゃった! そう、私はアウラ。今の名前はアウラ・エスト)
アウラという名前が耳慣れないものだったから、自分の名だと認識できなかったんだ。
「荷物はこのカバン一個?」
チャロが指さすのはボロボロのカバン。かなり使い込んであって、女の子の持ち物とは絶対思えない。
「うん、そうだよ」
アウラはできるだけ自然に答えた。
(私のものになったカバン。中には着替えが少し入っているだけ。それも私のじゃないけど)
「うち、貧乏だからさ。それに寮にはあまり持って来ちゃダメって話でしょ」
それはすごくテキトーな返事だった。だって、アウラは本当にそんな話があったか知らないから。
「そうよねー! あたしも、何を持ち込むかすごい悩んじゃった!」
テキトーなでっち上げの話だったけど、どうやら正しかったみたい。アウラはほっとする。
そういうチャロは大きくて立派なカバンを四つ持ち込んでいた。その小さい体でどうやって持ち込んだんだろうという量。
中身はというと……すでにカバンから出され、自分のベッドにぎっしりと並べられてた。
まさにチャロが好きそうな動物の可愛いぬいぐるみ。
質素なベッドが女の子らしいスペースに大変身してる。
「邪魔なんだけど」
「わっ、ごめんなさい!」
髪が短く背の高い少女がチャロを押しのけて、備え付けの梯子を使わず、ひょいと二段ベッドの上に飛び登った。
名前はベルタ。
ここは女子寮の一室。狭い部屋に強引に二段ベッド二つが置かれていて、今日からこの三人で過ごすことになる。
チャロとベルタが同じ二段ベッドで、もう一つはアウラが一人で使う。でも、上の段はみんなのものを置くスペースになる。
部屋が狭くて私物が置けないから、慣習的に四人部屋に三人ということになってるらしい。
でも、人数の都合で、四人押し込められるところもあるようで、ぶーぶー文句を言ってたのをアウラは見かけた。
「すごーい! ベルタちゃんが『攻撃』? じゃ、アウラちゃんが『防御』かな」
「ううん、私が『攻撃』」
「えっ、そうなの!? 意外!」
チャロは目が飛び出しそう勢いで驚いてみせる。反応がとっても素直。
でも、それはわかんないでもない、とアウラは思う。
背が高く、がっちりとした体つきで、二段ベッドに飛び乗れる運動神経を見れば、誰だってベルタが「攻撃」だと思うはず。棒きれみたいにひょろっとしたアウラが「攻撃」なんて思う人は少ないに違いない。
「あたしは回復ね! これでも回復だけは得意なんだ。期待していいよ!」
チャロがふふんと得意げに笑うけど、そこにイヤミな感じはなくて、とても好感が持てた。もしかするとチャロには裏面がないのかもしれない。
三人部屋になっているのには、実は意味があったりする。
魔法というのは、攻撃、防御、回復の三つに分かれていて、それぞれを担当する三人でチームを作るから。
アウラが攻撃、ベルタが防御、チャロが回復ということになる。
入学前に受けた適性試験で、自分が何を専門として学ぶかがすでに決まってた。
「でも、ベルタちゃんが防御なら、あたしの出番なんてないかー。すごく強そうだもん」
チャロが冗談めいたことを言うと、
「そんなことないって」
シーツをつけ終えたベルタが二段ベッドから飛び降り、音もなく着地してみせる。
短い髪でネコのようにしなやかな体をしてる。ホント身軽だ。
「三人でチームなんだから、仲良くやろう」
ベルタは気取ることなく、真面目な顔で言った。
クールで個人行動しそうな感じだったので、その言葉はちょっと意外だった。そして、かっこいい。
「うん、そうだね! 二人ともよろしくね!」
そう言ってチャロがハイタッチを求めてくる。
ベルタはちょっと顔を赤くしながらも応じた。やっぱりいい人な模様。
一方、アウラはどうするか迷ってしまう。
でも、チャロが眉をひそめるので、しょうがなく手を上げてタッチを受けることにした。
別に恥ずかしいからじゃなかった。
あまり馴れ合いはしたくなかったけど、人の名前を借りている以上、少しでも怪しまれたくなかったんだ。
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