それぞれの愛の形

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ずっと付き合っていた人と別れた。 3年付き合った人だった。 僕はその人を愛していると思っていて、彼も僕を愛していると思っていた。 だから当然、恋人同士だと思っていたんだ。 だけど違った。 同じ家に暮らしてごはんを作り、家事の全てをこなして、そして夜には身体を交じ合わせていたのに、彼にとって僕は恋人ではなかったのだ。 『恋人が出来たんだ。だから出ていってくれ』 ある日突然、唐突に言われた言葉。 その意味を理解する間もなく、僕は彼の家を追い出された。 なにが起こったのか分からない。 だけど分かるのは、僕は恋人ではなかったと言うこと。だって僕が恋人だったら『恋人が出来た』なんて言うわけがないから。 じゃあ僕はなんだったのか。 この3年間、毎夜のように行われたその行為は苦痛を伴った。 痛くて苦しくて、だけど僕はそれを堪えるのが彼への愛だと思っていた。そして本来ならするはずのない男の僕にそれをしてくれるのが彼の愛だと思っていたんだ。 だから毎夜行われるその行為は、僕たちの愛の形だと思ってた。 でもそれは違っていた。 彼は僕を恋人とは思っておらず、また男同士の行為も痛くないことを知った。 それを教えてくれた人がいた。 彼の家を追い出されたその夜、僕を拾ってくれた、おそらく僕よりも年下の男の子。そしてその子は僕に全然痛くない、気持ちいいだけの行為をしてくれた。 初めての快感。 男同士でもこんなに気持ちよくなることを、僕は初めてその子に教えてもらった。 それは本当に気持ちが良くて、もちろん痛くなくて、それなのにちゃんと相手も気持ちが良くて・・・。 なんて素晴らしいのだろう。 お互いに気持ちがいいやり方があるなんて。 だけどそれを知って、僕は余計に彼が僕を愛していなかったことを思い知らされた。だって僕を拾ってくれたその子は、実はずっと前から僕を知っていて、そして好きでいてくれていたというだ。 好きだからうんと気持ちよくなって欲しい。 痛いことも苦しいこともしたくない。 その子は当然のようにそう言って、僕のことを気遣ってくれる。 そして僕が困っていると知ると、その子の家にいてもいいと言ってくれた。そして何もしなくてもいいと言う。 彼と住んでいた時は、ごはんも家事も僕の役目だった。それが当たり前だった。だからそれをしなくていいと言われても、なんだか僕にはよく分からない。そう言うとその子は、 『好きな人には大変な思いなんてさせたくないから』 と言う。 大変な思い? ごはんを作ることも家事をすることも大変だなんて思ったことはなかった。 でもその子は言う。 『仕事してるだけでも疲れてるのに、家に帰ってまで働かなくてもいいよ』 と。 でも君だって学生でバイトしてるよね?僕とあんまり変わらないよ? そう思うけど、とにかく好きな人には心地よく過ごして欲しいからと言って譲らない。それに夜のことも、そんな調子なのだ。 初めての日、僕はその子と寝た。それはとても気持ちが良くて、僕に初めて本当に交わるという事を教えてくれた。 そして今までしていた彼との行為が、いかにおかしかったのかも教えてくれた。 彼との日々を、全てでは無いけど少しだけ話すと、その子は何故か怒り出した。僕に対する扱いが酷すぎると言うのだ。 酷いのだろうか。 僕は今まで自分が酷いことをされていると思ったことはなかった。同じ男である僕を抱いてくれるだけで嬉しかったんだ。そしてそれが痛くて苦しいことだったとしても、愛しているなら堪えられる。堪えられるから彼を愛していると思っていた。 でもそれも違うらしい。 よく分からないけど、その子が違うと言うのなら違うのだろう。 僕は今まで、恋愛なんてものには無縁だった。 誰かを好きになったこともないし、暗い僕には親しい友達もいなくて、他の人の恋愛の話も聞いたことがなかった。だから初めて僕にそういう事を教えてくれた彼との関係が普通だと思っていたんだ。 本当はちょっとおかしいと思ったこともある。 だってこんな地味で暗い僕に、なぜみんなの中心にいるようなキラキラした人が構ってくるんだろう、て。 それに何より男同士なのに。
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