それぞれの愛の形

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2週間前までほぼ毎晩彼に抱かれていた。だからもちろん彼の身体は知っている。マッチョでは無いもののそれなりに筋肉が付いていてしっかりしていたのに、今僕の腕の中にある彼の身体は薄く、恐ろしいほどに痩せていた。顔も頬が痩けて目の下にくまができている。 このスーツも見たことがない。多分サイズが合わなくなって買い直したのだろう。 もしかしてどこか悪いのだろうか? そんな心配が頭を過ぎる。 けれどいつまでもここで抱えている訳にもいかないし、このまま放置もできない。だから僕は彼を抱えて歩き始めた。彼を家に送るためだ。 彼の家はここから近い。だからそれほど苦ではないものの、やはり正体をなくした人を運ぶのは大変だ。だけど僕は今それどころでは無い。 恋人・・・いるのかな・・・。 そもそも僕は2週間前、彼に恋人ができたと言って家を追い出されたのだ。 もしかして家で待ってたりするのかな? だけど今はまだ、会いたくない・・・。 そう思いながら着いた彼のマンション。外から見た限りでは部屋の電気はついていない。それでエントランスのインターフォンを押してみるもやっぱり応答はなくて、僕は彼のポケットから出したカギで戸を開けた。そして向かった彼の部屋。やっぱり応答がなかったのでカギを開けて入ったのだけど・・・。 そこは僕がいた時と何も変わっていなかった。 靴箱の上の花も、飾りも、僕が置いた時のままだ。こういうのって普通、別れたら変えるものじゃないの?だって別れた恋人(ではなかったらしいけど)が置いたものだよ?普通見たくないよね?それに新しい恋人だっていい気はしないだろうし・・・。 だけど変だな。 何でまだ花が咲いてるのだろう。 生花って、そんなにもたないよね・・・? そんなことを思いながら、彼を担いで中に入る。 やっぱり誰もいないのか、中は静まり返って他に人がいる気配はしない。 てっきり一緒に住んでいると思ったけど、考えてみたらまだ2週間だものね。まだ同棲には早いか。 そう思いながら入ったリビングは玄関以上に違和感を感じた。だって、本当に何もかもが僕が出ていった時のままだったのだ。 インテリアはもちもん、出ていく時に置いたソファの背の僕のエプロンや朝食で使って洗って置いた水切りかごの食器まで、本当にあの時のままだった。 もしかして僕は、夢を見てる? これは夢だろうか? そもそも、彼が酔い潰れて公園の脇で寝ているなんてありえないことだ。 だからこれは夢なんだ。 本気でそんな感覚に陥るほど、彼の家の中は異常なほどあの時のままだった。 でも支える彼の重みは当然夢ではなく、これが現実なのを教えてくれる。 とにかく早く彼を寝かして帰ろう。 訳が分からないけれど、別れた僕は間違いなく招かれざる客だ。だからこのまま彼が起きる前に立ち去らなければ。 そう思って彼の寝室のドアを開けるけれど、そこも全く変わっていなかった。 綺麗にベッドメイクされたベッドはあの朝僕がした時のままのよう。でもベッドメイクくらいきっと彼自身もやるだろう。 深く考えるのはよそう。 とにかく早く彼を寝かせて帰るんだ。 彼を起こしたくないけれど、 スーツのシワも気になって、僕は彼の上着だけ脱がせた。するとシャツ越しでも彼の身体がかなり痩せているのが分かる。 本当にどうしたのだろう。 ちゃんと食べてないのかな? スーツの上着をハンガーにかけ、クローゼットにしまおうとそこを開けると、中のスーツがほとんどない。引き出しも開けてみたけど、下着や部屋着などもなく、そこはほぼ空っぽだった。 考えないようにと思っても、こんなにも変なことが目の前にあってはそれも難しい。 僕はとりあえず上着をクローゼットにしまい、音を立てないように彼の寝室を出た。そしてリビングに戻ると、改めて部屋を見渡す。 本当に何もかもがあの時のままだ。 食器棚の中の僕の食器もそのままだし、僕の持っていかなかった私物もそのままだ。キッチンも何ら変わっていない。 僕は冷蔵庫を開けた。 するとそこも全く変わっていなかった。 それこそ封の開いた牛乳も。
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