それぞれの愛の形

6/7
277人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
普通だったらそれは酷い仕打ち。 だけどそれは、本当に酷いこと? 僕は今までそれを酷いと思ったことが無かった。 この3年間は本当に愛されていると思っていたから。だから実は違っていて、愛されるどころか恋人ですらなかったと言われてショックを受けたんだ。 彼がしたことを恨んだことなど、僕には一度もなかった。 彼がする様々なことを、僕は彼の愛情だと思い、そしてそれが苦痛であればあるほど堪えるのが僕の愛情だと思っていた。それをあの子に会って違うと教えられた・・・けど・・・。 僕の彼への思いは間違いなく愛だった。 彼の思いは分からない。 何を思って僕と接し、何を思って僕を追い出したのか。 だけど、そんなことは関係ない。 大事なのは僕の気持ちだ。 僕は彼を愛していて、ここに・・・彼のそばに戻ってきたいと思っている。 本当に酷い人でもいい。それでも僕は彼がいいのだ。 この部屋を見て、彼の事が分からなくなった。 彼のあの仕打ちも、恋人が出来たという言葉も、本当だったのだろうか? もしかしたら全て嘘だったのではないか? 確かに彼の真意は分からない。 本当に恋人はいて、ただ単に食事を摂るのが面倒だっただけかもしれない。この部屋で過ごしてたのだって、掃除をする人が居なくなって散らかす範囲を最小限にしただけかもしれない。 だけど何も変わらないこの家と、何より冷蔵庫の空のタッパーが、僕の心を熱くする。 勘違いかもしれない。 だけど僕が戻りたいと思うなら戻ればいい。そしてまた追い出されたら、その時泣けばいいのだ。 彼の心が分からないまま、彼と別れるのは嫌だ。真実を知りたい。 たとえそれが、僕にとって悲しいことだとしても、どうせ別れるのなら僕が知りたいことを知ってからがいい。だから戻すんだ。2週間前のあの時に。 僕は部屋を出て玄関へと向かった。そして靴箱の上のカギ置きからカギを取る。それは彼のカギと同じキーホルダーが付いたカギ。僕があの日置いていった僕のカギだ。 僕はそれを使って施錠し、あの子の家へと急いだ。彼の家とそう離れていないその家は、走っていったら5分もかからず着いてしまった。 「おかえり」 もう遅いのに、あの子は起きて僕を迎えてくれる。優しいその子は行くあてのない僕を拾い、この家に置いてくれた。そして僕を好きだといい、たくさんの優しさをくれた。だけど、僕はそんなその子に酷ことを言う。 「ごめん。やっぱりここにはいられない」 帰るなり唐突にそういう僕に、その子は驚いたように僅かに目を見開いた。 ああ、彼が酷いなら僕も酷い人だ。僕を好きだと言ってくれるその子の思いに応えるどころか、挨拶も礼もなく出ていこうとしてるんだから。 僕はその子の脇を抜け、部屋に入ると自分の荷物をまとめ始めた。もともとあまり出していなかった荷物は、あっという間にバッグに収まってしまう。そんな僕を、その子は何も言わず見ている。 「いままでありがとう」 それでも一言お礼を言って出ていこうとした僕に、その子は寂しそうに笑った。 「やっぱり彼のところに戻るんだね」 その言葉に僕は振り向く。僕は彼のことなど言ってなかったから。 「ここに来た日と同じ匂いがするよ。彼のところにいたんだろ?」 匂い? 僕ははっとした。 抱えて歩いたから、彼の香水の香りが移ったのかもしれない。 それはまるで浮気がバレたかのようなシチュエーションだけど、その子の声には僕を責める様子はなかった。 「本当はさ、分かってたんだ。あなたが彼のこと本当に好きなことも、その彼もあなたが好きなことも。なのに何で別れたのか不思議だったんだけど、ずっと好きな人が目の前に現れてチャンスだと思ったんだ」 その言葉に僕は驚く。 彼が僕を好き? 「前に見かけたことがあるって言ったろ?あの時の彼氏さ、すごく愛しそうにあなたを見てたんだ。それであなたもすごく幸せそうで。だからオレなんて入り込む隙なんてないと思ってたのに、別れたって現れて。しかもあなた、なんにも分かってないんだもん。こりゃ、行くしかないだろ?だから彼氏貶して、必死でいい人演じて」 そう言って自嘲気味に笑うその子は、首を軽く横に振った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!