返事は二万年後でいい

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俺は今ベットの上で正座をし件のノートと対峙している。 見る人によっては一冊のノートに仕えている寡黙な男にも見えるだろう。 この時点で支配されている。 物言わぬノートの方が俺より立場が上なのだ。 見るべきか、見ざるべきか、ここが運命の分岐点となる。 これは重要な選択だ。 後に振り返ればあれが人生最大の選択だったということになりかねない。 恐らくここでルートが分かれるのだ。 ハッピーエンドかカオスエンドかの。 一人の人間が背負うには重すぎる。 誰か、俺と一緒に背負ってくれ。 と、多少の逡巡はあったが、やはり単純な好奇心が勝り、俺はノートを開くことにした。 だって気になるではないか、あのキラキラハイパー美形キャラが宿縁に何を打ち明けるのか。 滔々と哀切なお気持ちを表明していたらどうしよう。 俺は大変失礼だが笑ってしまうと思う。 他人のど真剣な愛の調べというものはいつだって世間の娯楽産業なのだ。 それにしてもあんなイケメンが執着している前世の恋人が俺って。 俺って。 滑稽通り越して悲劇だろ。 嫌一周回ったら又笑えるか。 まあ乾いた笑いだけど。 しかし何でこんなことになったのやら。 もう読まないで机の引き出しの底の底にしまっておくか。 もし今後あいつが渋谷でスカウトされ俳優となり日本人初のアカデミー主演男優賞を貰ったり、何かとんでもないもの開発して世界的企業のCEOになったり、日本に三大会連続オリンピック金メダルをもたらしたバレーボール日本代表のエースになったりと、まあなんだかんだと歴史に名を遺す人物になったとして、その偉人が十代の頃に同性のクラスメイトに贈った恋文が百五十年の時を経て神奈川県の民家から発見されましたとなったら? あいつの名誉のためにもこれは灰にしてやるのが親切か? 嫌、もうその時俺もあいつも死んでるからいいか。 遺言に一筆書いとかなきゃならんよな。 机の中の物は机ごと燃やしてくれって、娘か息子に。 うわ、なんていう迷惑な父親。 自分の親父が同じ事したらドン引きするわ。 つーか、親のそんなもの読みたくねぇー。 嫌、待て待て待て。 何故自分への好意が綴られていると考えた? それがそもそも間違いなんじゃないの。 ホントの所ぱっと見ただけで一文字も読んでないから何書いてるかわかってないわけで、ひょっとしたら全ページに般若心経が書かれているのかもしれないし、宮沢賢治の雨ニモマケズが書かれているのかもしれない。 もしくは百人一首を全部書いていたり、歴代アメリカ大統領の名前全部書きだしてるのかも、フルネーム、出身地、配偶者こみで。 まあもういいか。 余計な事考えるのも疲れた。 開けよう。
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