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Saints go marching in Tokyo
初めて降り立った東京は灰色で、東京へ辿り着いたという実感がまるで湧かなかった。何せビルの中だったから。
早朝の新宿バスタは人が多い。バスを降りた人たちは一様に寝ぼけ眼で、大抵の場合、大きな荷物と重い体を引きずるようにトイレに列をなす。
特に女子トイレはそれが顕著で、洗面台で顔を洗うと、そのまま化粧を始める人が後を立たない。お陰で顔と手を洗うだけなのに余計な時間が掛かってしまった。
頭をふらつかせながら列に並んでいた人たちも、化粧を終えると輝いた顔で颯爽と朝の街へと繰り出していく。
特にテーマパークを目当てに来た人、ライブに行く人などは一目で分かる。彼女たちは、明るい一日を過ごしていくのだろう。
一方で、明るい目的を持たない人間もまた、一目瞭然だ。
鏡に映った私の顔は見るからに青白く不健康で、校則を律儀に守る性質なので化粧もしていない。血色の悪さが殊の外目立つ。
服装にしてもTシャツとGパンにスニーカー、長さのある髪も後ろで一つにまとめただけで、一言で言うと、見るからに田舎者だった。どうして近所のコンビニに行くような服で東京に降り立ってしまったかな。
『場違いだわ死にたみ』
スマートフォンを開いて、SNSに投稿する。慣れたもので、考えるよりも先に指が動く。最近は画面に表示される文字列を見ながら、今私はこんなことを考えているのか、と思うことも増えた。
画面をスワイプし更新するが、早朝だからかタイムラインには誰もいない。画面を閉じたかと思えば、無意識にもう一度SNSの画面を開いていることがある。繰り返し、何度も。最早依存症の域に達している。
何度更新したところで、彼女は存在しないのに。
親にはオープンキャンパスに行く、と伝えてある。それも決して嘘ではない。たとえ本当の目的が別にあったとしても。未成年、それも高校生ではあるが進学のために必要とあらばと、親はしぶしぶ一泊二日の東京の一人旅を認めてくれた。
東京には人を探しにきました。なんて、誰が聞いても正気の沙汰ではないと言うに違いない。東京で特定の人に会う確率は宝くじよりも低いなんて言うけれど、彼女と会って話す確率は、そんなものじゃない。きっと、すれ違っても気付かないのだから。
貴女をずっと探している。けれど絶対に見つけられないでしょう。貴女とは、インターネット上でしか、会ったことがないのだから。
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