Saints go marching in Tokyo

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 彼女と知り合ったのはSNS上だった。彼女は謂わゆる神絵師というやつで、フォロワーが万単位でいる、雲の上の存在だった。  SNSを始めたてだった私はとにかく好きなものを羅列し、気に入った絵師をフォローしまくった。目が肥えれば腕が上がると思っていたからだ。そしてあわよくば神絵師とのコネを作って神絵師の仲間入りを果たしたいと思っていた。だから積極的にコメントを飛ばした。黒歴史だ。突発的に死にたくなる。  神絵師と呼ばれる人たちはアカウントを二つ以上持っていることが多い。一つはイラストを投稿する用。もう一つはプライベートな、日常を呟く用。大抵の場合、フォロワーは絵を見ることが目的だ。絵は頻繁に上げろ、絵を見るのに邪魔だから日常の投稿はするな。そんな横柄が(まか)り通っている。  彼女にしても同様で、私が知りうる限り少なくとも二つのアカウントを持っていた。私は頑なに投稿用と日常用を分けていないため、かなり雑多だ。それなのに彼女はわざわざ日常用のアカウントで私をフォローしにきた。 『初めまして、絵師の○○です! と言ってもアカウントが違うから戸惑うかもしれませんが、こっちが日常のアカウントです。いつもコメントありがとうございます。私も今同じゲームをやっています。よかったら一緒にやりませんか?』  そのゲームは数年前に流行ったゲームで、今やユーザーのほとんどは離れ、一緒にできる相手がいなかった。それに何と言っても神絵師だ。断る理由なんてなかった。  インターネット上での交流にありがちだと思うが、私はずっとタメ語で話していた。だから彼女の年齢を知った時は慄いた。彼女は歳が二つか三つ上だったからだ。中学生の頃の私には、その差は大きく開いているように思えた。彼女は彼女で私のことを同い年くらいだと思っていたらしく、お互い気にしないでいようねと結論づけた。  彼女の同い年くらいだと思っていた、という言葉は私にとって大きな影響を与えた。だってそれって、大人びているってことでしょう? 彼女に追い付きたくて、知的になりたくて、よく意味も分からない癖に難しい本を読んで、無駄に難しい言葉を使うようになった。彼女に紹介された本を読み漁ったお陰で、国語の成績だけは上がっていった。  そのうち、彼女とオンラインで通話をするようになった。初めはぎこちなかったものの、徐々にそれが日常へと変わっていった。  彼女とは色々なことを話した。これまでにハマったゲーム。絵を描くようになったきっかけ。好きな飲み物はコーヒーで、ミステリー小説が好きなこと。今はネイルに凝っていること。いつか上京して、絵で生きていきたくて、美術系の大学に進学すること。本当は髪を緑に染めたくて、服装自由なブックカフェで働きたいこと。  彼女のことを知れば知るほどすっかり魅了され、気付けば私も上京して同じ大学に行く! と啖呵を切っていた。 『あなたが大学に進学するとき、もしかしたら大学にいないかも』 『卒業しててもいいじゃん、会おうよ』 『じゃあ、気長に待ってるね』  待ってる。その一言が、私の全てだった。彼女のようになりたくて、彼女と通話をしながら絵を描いた。ほとんど毎日通話していたから、ほぼ毎日絵を上げるようになった。初めはフォロー数の多かったアカウントも、数年が経つ頃にはフォロワーの方が多くなり始めた。他の人たちとの交流も増え始め、彼女との通話の頻度は少なくなっていたが、それでも彼女こそが私の一番の理解者で、彼女のことなら私が一番知っていると思っていた。  彼女が、アカウントを消すまでは。
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