Saints go marching in Tokyo

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 地図アプリを起動して、駅から一番近い漫画喫茶を探す。オープンキャンパスに行くには時間が早すぎるし、シャワーも浴びたい。スマートフォンの充電も切れそうだ。  見知らぬ土地ではスマートフォンだけが命綱だ。目的地までの行き方も、誰かとの連絡を取るのも、お金を払うのも。ポケットチャージャーは持ってきていたが、そちらもバスの長旅で使い果たしている。  高架下の道を進むと、画面に表示された建物が見えた。漫画喫茶に入るのも初めてだ。朝の時間帯だからか、年齢確認されることもなく部屋に案内される。  シャワーを浴びて仮眠を取る。人の気配が色濃く近く、不快感が募る。昨日の夜行バスでも眠れなかった。時間を過ぎると追加料金を取られてしまうため、深く眠ることもできない。結局一睡もできないまま、漫画喫茶を後にした。  太陽が昇り始め、じりじりと身を焦がす。コンクリートジャングルとかビル風とか、これまで自分に関わりのなかった言葉が輪郭を帯びていく。都会は田舎より遙かに暑い。  目的の大学までいくつか乗り換えをする必要があった。ほとんど乗り換えのない田舎で育った私にとって、多すぎる路線は脅威だった。気を張ってはいたが乗り換えの駅で寝過ごし、駅員さんに聞いて引き返したりと大いにタイムロスをした。  大学は駅からほど近いところにあった。オープンキャンパスということもあり、駅から人の流れは一直線で、地図アプリを見なくても済みそうだ。  オープンキャンパスだからか、周りの人たちの表情は明るいものばかりではない。葬列に参列するような、固い表情。憧れと不安が入り混じった、受験生の群れ。  人の群れの流れに身を置きながら、私は鼻歌を口ずさむ。『聖者の行進』だ。私が歌える唯一の英語の曲。この歌は葬列の時に歌われる黒人霊歌だと言う。  埋葬に向かうときには静かに、埋葬の時は悲しげに。そして埋葬が終わると、明るいメロディーを奏でながら、日常へと戻る。彼女はそんな、前向きなこの歌を愛していた。  この旅路は、私の心の葬列だ。彼女を探して、見つからないことを確認して落胆して、悲しみを覆い隠すように明るい歌を歌って、私はあるべき場所に戻らなければならない。  でも、もしも会えたら、私はどうするつもりなのだろう?  どうして? そう尋ねて、それで彼女に直接拒絶されてしまった時、私は果たして生きていけるのだろうか?  校門が近づくにつれて、賑やかな声が聞こえてくる。門を潜った途端、様々な作品が展示され、あらゆる学部によるデモンストレーションや説明会が行われていた。  芸術系の大学なこともあってか、キャンパスの中は奇抜な服装の人に溢れていた。田舎だったら笑われるような髪型や服装なのにそうならないのは、きっと東京という土地柄なのだろう。  目的の学部へ向かう傍ら、気付けば緑色の髪の人を目で追ってしまう。見たところで彼女かどうか分からないのに。そもそもオープンキャンパスに参加しているなんて保証はどこにもないのに。  彼女が志望していた学部の説明会に参加する。睡眠不足の頭は船を漕ぐばかりで、内容は頭に入ってこない。展示された作品に彼女のものがないかを探す。彼女かもしれない緑の髪の人にフラフラ着いて行って、道中、彼女じゃないことに気付いて落胆する。その繰り返しで、気付けばオープンキャンパスの時間は終わっていた。  ほら、やっぱり。会える訳なんて、ないじゃん。  重い足を引き摺りながら親の予約した駅近のホテルを目指す。早朝から活動していたからか、とにかく疲れ果てていた。食欲もない。今はただひたすらに、眠りたい。途中、コンビニで水を買い、早々にチェックインする。ベッドに入ると泥のような眠りが意識を飲み込んだ。
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