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06. 生成を断ち切って
ぼくがここにいる――ということを知ってほしいのは、先輩にだけだったから、電気はつけなかった。夕陽が降りそそぐなか、自分の影を黒板に映して、先輩が来るのを待った。
決して、時間通りに来るひとではない――というのは憶測で、プライベートな場面で、時間にルーズなのか、きっちりしているのか、そういうこともぼくは知らない。
でもぼくは、そうしたことを知りたいと思う。生成――たとえ、毎秒ごとに一秒前の先輩とは違うひとになるのだとしても、いまこのときの先輩の姿を知っていたいと思う。
そういうことを思ってしまうということは……好きなんですよ。ぼくも、好きなんです。そしてぼくは、それを言葉にして伝えたいんです。
先輩は、もしかして、傷つくのを恐れているんじゃないですか?
なんでもかんでも、「生成」という言葉を使って、「そうなるものだ」「そうなることはしかたない」という言い訳をこしらえるのは、ずるいです。
自分の意志をしっかりもって、一緒に傷つきましょう、一緒に笑いあいましょう。ぼくは先輩と違って、人間とはそうあるべきだと思うんです。
「先輩、ぼくは先輩のことが好きです。紺野岬のことが、大好きです。ぼくと付き合ってください。ぼくはこうして、先輩の目をみて、逃げも言い訳もせずに、責任をもってこの告白をしています。絶対に、幸せにします。ずっと、先輩のことだけを見ています。もう一度言います。先輩のことが大好きです。付き合ってください。お願いします」
勇気をもって差しだした、震えているぼくの手を握ってくれたのは――まぎれもなく、先輩の手だった。
その手を優しく引くと、ぼくの胸の中に飛び込んで来てくれた。ぎゅっと抱きしめる。抱きしめてみて、女の子の抱きしめ方を知らないことに気付く。
キスのしかたも、これでよかったのか分からない。
唇をはなして見つめ合うと、なんだか恥ずかしくて、鏡あわせのように苦笑してしまった。
夕陽に照らされて熱をもった先輩の髪を撫でると、そういうのはずるいんだという顔をされた。
先輩は背伸びをして、ぼくの唇に触れる。こんなに背丈に差があったんだ。ぼくは先輩のキスを受けとめて、優しく押し返す。
「大好きです、先輩」
「わたしも、好き……」
「痛くないですか?」
「ううん、すごく優しくて、あたたかい」
「ぼくも、すごく安心します」
ぼくたちは、春の夕陽が沈んでしまうまで、目の前にいるのは、ほかの誰でもない大切なひとだということを、とびきりの愛をこめて伝えあった。
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