悪役令嬢

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悪役令嬢

空気になれなかった私は、宝物庫異動初日の夜、カリンに聞いた王子を巡る公爵令嬢と子爵令嬢の話を思い出していた。 「ざっくりと話すと、第一王子とその婚約者の公爵令嬢と王子と恋仲になった子爵令嬢の諍い、でしょうか。公爵令嬢が嫉妬で子爵令嬢に嫌がらせをしてると」 私はカリンに聞いた時に、なんてラノベあるある設定な!と思ったから、これはハッキリと覚えている。 「子爵令嬢と王子が、か?」 「はい、子爵令嬢は王立学園で王子と出会い、身分を越えて想い合う様になったと、噂では」 「なるほど、学園でな。貴族ではあっても、たかが子爵。学園という特殊な環境でもなければ出会う事すら珍しい。ただ、出会ったとしてもなあ」 言いたいことは分かる。学園では平等を掲げているみたいだけど、それは身分を笠に着て、教員の指導を蔑ろにする事を防いだり、学園での催し物等があった場合など、社交界の礼儀などをそのまま持ち込むと、係や委員が下位貴族だと物事が進まなくなるからだよね。色々ありそうでなんか怖い。 それでも身分は存在する。社交界の様に厳しくは無いが、きちんと一線はある。 学園は貴族子女の集まりであり、貴族社会の縮図でもあるからだ。 下級女官のチラ見、又聞き程度の知識でも何となくその辺は想像つく。前世の影響もあるだろうけど。 「その辺はなんとも言えません。どう、お二人の距離が縮んだのかは。ただ、子爵令嬢は舞がお上手らしいですよ。ひとたび舞えば、妖精達が沢山集まるらしいです。公爵令嬢の嫌がらせも、子爵令嬢の舞上手に嫉妬しているから、とも言われているらしいです。本当の事は分かりませんが」 「舞えば妖精達が集まる。なる程な。ーーーフム。王都の代表選考時に、やたらと妖精が集まる子爵令嬢が居ると聞いたが、もしや同一人物か」 公爵令嬢も舞の見事さは、幼い頃から有名だったとかで、選定の儀に出るはずだ。 この独り言の私の声は意外に響いたらしく、ランジ様が何かを思い出そうとする仕草を見せた。 でも、選定の儀に出る位なら、聖霊にだって好かれているだろうし、そんな子が態々嫌がらせをするかなぁ? 子爵令嬢もランジ様の言うーーーあれ? 同一人物と言うことは。 「もしかして、このお二人の争いの場が学園から王城へ?」 あ、眉間に皺を寄せたランジ様が月餅を出してくれた。私は有難く頂戴する。 なんだか横から恨めしげな視線が飛んでくるので、月餅を小さく割ってチュウ吉先生に渡す。 私がお茶で喉を潤していると、リンファ様が茶杯を覗いて、その魅惑的な紅唇を開いた。 「フィアの言う通り、その噂の子爵令嬢と公爵令嬢は、選定の儀にも出るわーーーそう、蔓薔薇の子達の噂になっていてよ。ああ、少しお待ちになって。今視てよ。丁度練習中なのね。ここは、王城の大ホールーーー舞踏会場に使われる方ね。相変わらず妖精達が騒がしいこと」 リンファ様が、白魚の人差し指をそっと唇にのせると、沈黙と静謐の中に甘やかな空気が流れる。 その表情はいたずらを楽しむ少女の様なのに、醸し出す雰囲気は閨へ誘う傾国のそれだ。 チュウ吉先生がゾクゾクと身を震わせている。うん、わかるよその感じ。 心の中で大きく頷いたその時、リンファ様の表情が険しくなった。 「ーーーッア」 ピチャン、とリンファ様のお茶が跳ねた。 艶めかしい悲鳴だったが、表情は険しいままだ。 「ランジ、乙女は、妖精、精霊ーーーそう、聖霊が選ぶのではなくて?あの王子様とやらは、お気に入りの娘が選ばれると啖呵切ってよ。ホールの真ん中で。ええ、叫んでいてよ」 あ、ランジ様が埴輪になった。 「うーん?国中から乙女に相応しい舞い手を選ぶのもそうですよね?村、町、都、そして王都、それぞれ神殿で舞を競って、選ばれる乙女は聖霊が周りに多く集まると。一番好かれた娘が選ばれるんですよね?」 宝物庫へ異動する前、彼女達の世話役に助っ人として入った事があったが、聖霊に好かれるだけあって、気の良い娘たちだった。 接したのは平民出身の人ばかりだけどね。 貴族の方々は侍女を連れて来ているからね、下級女官はお呼びでないのです。 「勿論、王子が決める事ではないな」 頭痛そうに抱えて掻きむしっているけど大丈夫かな。ランジ様の髪の毛。 「一体何故そんなア••軽率な」 今アホって言いかけましたね。まぁ、言いたくもなるか。 「公爵令嬢が子爵令嬢の足を引っ掛けて転ばせた、とか言っていたわ。丁度子爵令嬢が転んだ時に王子がホールに来て、否定する公爵令嬢を突き飛ばして激怒したのは驚いてよ」 わぁ、まんま、悪役令嬢の役どころだ。 「ーーーけれど。何故嫌がらせをしてくる相手の近くへ寄るのか分からないわ。乙女の舞は群舞で競うから、全体の練習中ならばわかってよ。でも個人の練習で、部屋は他にも開放されていたわ」 「嫌がらせを避けるのなら、群舞でも場所を離すだろう。担当の神官へ言えば、入れ替えてもらえるだろうに」 これは、もしかしてアレですかね。ヒロイン子爵令嬢性悪説ですかね。 「わたくし、あの子爵令嬢とやらは嫌いよ。だって、公爵令嬢の方が先に練習していてよ。なのに、わざわざ近づくなんて、わたくし分からないわ。オツムが弱いのかしら?第一王子と恋仲ですって?増々嫌でしてよ。あんなのが王妃に!?このわたくしを受け継ぐのがアレなんて絶対に、ああ、いやだこと!」 ーーーランジ、何とかなさいな! 最後に何とかしろと、仰られて、リンファ様はフイッと煙の様に消えた。 「荒ぶってしまわれましたね•・・如何するんですか、ランジ様」 「何他人事の様に。お前さんもだろうが」 逃さん、と肩に置かれた手に力がこもってマス。ちょっと痛いです。 「巷の小説にある悪役令嬢のようだな」 ランジ様が私の肩から手を離すと疲れた様に溜め息をついた。 っていうか、あるんですか、悪役令嬢の小説。 「王妃云々は、儂らにはどうにもできん。それよりも、聖霊が酔っ払う。怪異の活性化。候補者達の登城。これは同じ時期の出来事だ。ったく、怪異は何とかなるにしてもーーーこんな時に頭が痛いな」 貴方よりも立場が低すぎて抉れてる立場の私はもっと頭痛が痛いレベルで痛いです。 「えっと、なんかすいません?ランジ様が当てにした噂ではありませんでしたよね。頭痛の種を増やしてしまいました」 「何でも良いと言ったのは儂だ。それにーーーいや、こちらの話だ」 「ーーー?」 何やら歯切れが悪く、モゴモゴと考え込んでしまったので、取り敢えず茶器を片付けようとした所、横に居たチュウ吉先生に袖を引かれた。 どうやら黙れって言われたから、意地でずっと黙っていたようだ。 「なぁに、チュウ吉先生。あ、月餅食べる?」 「ナニ!?くれるなら貰うぞ。ああ、いや、そうではなくてだな、我が見て来よう。その令嬢達を、じゃ。のう、神官殿?」 チュウ吉先生は何時になく真剣な声で話し始めた。 先生曰く、候補者が登城してから常に聖霊や、怪異が可怪しい訳では無いだろう。現に今は平常だと。 では切っ掛けは何か。 妖精は酔っ払う可能性があるのでランジ様の妖精はは却下。 神獣たる自分なら大丈夫であろうと。 リンファ様にも頼めそうだけど、今はご立腹中だしなぁ。 ランジ様が静かに頷いた。 「ーーー神官殿。なれば今宵に其方の部屋を訪ねよう」 いつの間に見つめ合う程、仲良くなったのか、視線だけで会話してる。 こういうシチュエーション、大河ドラマであったよね。武士同士の視線だけで会話するシーン。格好良かったなぁ。 目の前で繰り広げているのがイケメンだったならどれほど滾るか! 現実とは残酷なものですね。
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