女神メイフィア

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女神メイフィア

それは、私が転移を使えた瞬間だった。 ガキンッと金属のぶつかる様な音がして、鋭い切っ先が私の胸の前で止まる。 うん、神力ガードは、腕は厚手の軍手ですが、身体の方は雨合羽並みですので。私の身体までは余裕あるのですよ。 フィリアナが悔しそうに口を歪ませて、でも直ぐにニヤリと嗤う。 細く伸ばした触手が、結果的に放置してしまった青いフィアリスの花に絡んで自称ヒロインの元へ運ばれる。 嗚呼と悲鳴を上げたのはティティだったか、フィアリスだったのか。 「大人しくヒロインのアタシにその場所を渡せばいいのよ。アンタ達は悪役なんだから。コレはアタシの物よ」 フィリアナがこれみよがしに手のひらの上で青く煌く花を弄ぶ。 「お断りします!」 私はNOと言える前世は日本人なのです。 そして私は、カタカタと震える背後の貴婦人に、努めて穏やかにはなしかけた。 「大丈夫ーーーーその子はいい子ね。とっても。母君を助けたくて、守りたくて、動き始めたばかりの命を打ち鳴らして私を呼んだ。鼓動を大きく懸命に動かして、私に声を届けたのね。聞こえたわ、ちゃんと」 「えっ!?動き、始めた、命ーーーー?」 聞いていた隣にいる男性がハッとして、ラビア、と懐妊に驚いている貴婦人を呼んだ。そっと腕の中に庇う。お腹に手を充てて。 あ、二人とも気が付いてなかったんだ。 「ハァ!?何言ってんの?コレの方が大事じゃない。悪用されたら大変なのよ?そんな人間を庇ってコレを諦めたんならやっぱりアンタなんて偽物もいいところね」 嘲り、至極おかしそうに腹を抱えている。 何がおかしいのだろうか。 フィリアナの言葉を聞いた瞬間、私の脳内でカーンとゴングが響き渡った。 「ーーーー黙りなさい。父様は人に言葉を与えた。でも蟲にも与えていたとは知らなかったわ」 「なっ!?誰が蟲よ!」 「あら、ご自分で自覚がお有りなのね。ーーーーフィリアナ、私は母神の名を冠する二柱の母達の娘として、母胎に宿る命を、私の目の前で害そうとした事、許さない」 「許さないって?誰が誰を?馬鹿じゃない?女神のアタシに逆らうなんて!」 私は大きく息を吸うと胸の前の触手を掴む。途端に焦げはじめ、悪臭が漂う。 「ティティ中和と、聖属性の魔力での浄化を止めないで、続けて!」 結界が中和されてしまった事に責任を感じて青ざめたティティが戸惑いも顕に困惑している。ーーーーでも。 「大丈夫よ!ロウの事だもの。力をぶっつけ本番で、しかも実践教育にして、上手く扱えない事なんて百も承知よ!それでも、一石二鳥どころか十鳥、ローストチキンにして向こうから歩いて来るくらいの事は考えてる!私達がちょっとくらいヘボっても、きっと何とかなるし、もし駄目でもラインハルトが力技で何とかーーーーあ、この力技案は駄目、やっぱりちょっと頑張ろう?」 ティティがラインハルトの力技って部分を聞いた瞬間、首を青い顔のまま、激しく横に振った。 あ、やっぱり?と私も思ったので、訂正する。 その間、グイグイと、フィリアナが触手を私の手から引き抜こうとしてるけど、びくともしない。 ティティが頷いて、祈りを結んで力を発動し始める。 「ディオンストム!神域の結界を最大値まで上げて!レガシア、精神汚染を防ぐ防護を!メルガルド、ちょっと手順狂ったけど準備はいい?モリヤ、出来るだけ粘ってフィリアナを縫い止めてーーーーカリン、チュウ吉先生、私の力を使って、今からやれる?」 フィリアナが【カリン】の名前に反応する。 炎の様に揺らめく髪を見て、口がウソでしょと動く。次いでどうして今なの、とも。 でもすごく嬉しそうなんだけどなんで? フィリアナは喜色を浮かべて、カリンに手を差し出す。 「カリン、アタシを助けに来てくれたのね!」 ええ!?この状況で思考がそっちにいくの? 「ずっと探していたのに!待ってたのよ?カリン、アタシの炎の精霊」 すると、カリンの纏う炎の色が一瞬で高温を示す、それになる。 フィリアナを見たカリンの瞳に宿るのは、熱い炎に反して冷たい侮蔑の色だ。 「僕の名前を気安く呼ぶなよ」 「え、カリン?アタシと契約するんでしょ?」 カリンは一瞥してフィリアナの前を素通りすると、私の髪を一房取って口付ける。 「いつでもどうぞ、僕のお姫様」 「ウム。我もいつでも良いぞ!フィアよ!」 チュウ吉先生はフンスー鼻息も荒く、気合いが入っている。 「じゃぁ行くわよっ!」 私は掛け声で気合いを入れると、掴んでいた触手に神力を大出力で流し込んだ。 「ギャァアア!アタシからカリンまで奪うのッ!?」 怨みを吐き出すフィリアナをまるっと無視して、チュウ吉先生が舞台を神力で出来た結界で囲む。その内側をカリンの神炎が奔る。 これでフィリアナに逃げ場はなくなった。 瘴気も邪気も外から取り込む事が出来ず、補充もきかずに、片っ端からティティが浄化する。 無意識に使っていたであろうギフトの力も中和されては、武器となるモノは新たに作れない。あるのはその身一つだ。 フィリアナが震えながら後退る。 それでも青いフィアリスを離さないのだから、往生際が悪い。 「そんなに欲しいのなら、あげる。私の力を」 あれ程執拗に触手で追い掛け回していたのに、今は私の手から引き抜こうと必死だ。 「どうしたの?欲しかったんでしょう?取り込んで見せればいいのに」 フィリアナの中では傍若無人に私の力が暴れているのだろう。 苦しそうに嘔吐くフィリアナから出てくる蟲達を、メルガルドが光の中に捕らえる。 その一つ一つが光の玉になるのを見たフィリアナが、目を見開き驚く。 体中からシュウシュウと蒸気のように白い気体が立ち昇る様は、灼熱に焼けた鉄でも飲み込んだ感じに見える。 ーーーー焼けた鉄じゃなくて、私の神力だけどね。 「コレはアタシの、モノーーーーよ!」 「それを取り込んだとして。私と身体を入れ替えたとしても、貴女はメイフィアにはなれない。貴女が本当のフィリアナでは無いように」 ーーーー貴女は一体どこの誰なのかしら? 「アタシは、この世界の、ヒロインなのよっ!」 血走った目をギョロリとさせて、フィリアナが青い花を飲み込もうと口を大きくあけた。 ピンポン玉よりも大きい花を無理じゃない!?って思った私は甘かった。 フィリアナの口の端が裂けたのだ。 「アタシがヒロインで女神だって事を証明してあげる」 ニタリと笑うフィリアナがホラーです。 そんな女神は嫌だな。 それはこの場にいる全員が心を一つにした瞬間だったと思う。 フィリアナが、花をこれみよがしにゆっくりと口の中へ入れていくーーーーんだけど。 その青い花に黄色い綿毛が混じってーーーーいる!? 「え、ちょっと、ポポ!?ポポちゃんンンーーーー!?」 ポポがフィリアナの口元でモゾモゾって動いたかと思ったら、パキンと音をさせて、ポーンと戻ってきた。 ポポは、まるで褒めて、褒めて、と言っているかのようにソワソワした動きで、モフっとした綿毛の中にある青い何かを差し出した。 ツンツン、とその青い欠片ーーーーフィアリスの花弁をポポが私の胸へ押し込んだ。 なんの抵抗も無く、スルリと。 熱い塊が胸の中で溶けていく。 激しい熱の筈のそれが、心地よい。 身体を巡るうちに穏やかな、不思議な懐かしさで満たされる。 暖かな陽射しのぬくもり。 そのぬくもりを叩いて、呼べ、と囁く存在があった。 私はその希求に逆らわず、迷い無くそれを呼んだ。 「メイフィアの名において命ずる。来よ、三界の杖、日輪、月輪、玄冥」 触手を掴んでいる右手とは逆の左手に、空気が圧縮される。 光の粒子が集まって、朧気な輪郭を持つと、やがてそれは濃淡をしっかりした質量に変える。 私の左手に顕現したそれは、美しくも繊細な細工の施された、私の身長よりも高い錫杖だった。
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