幕間 ムーダン王国サジル王子

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幕間 ムーダン王国サジル王子

ーーーー時は少し遡る。 「イタタタ。ああ、全く容赦の無い」 乙女の選定が終わった後、控えに戻る事もせずに、即座に逃げた。 全ては手筈通りにーーーーとまではいかなかったが、大神殿から、祖国ムーダン王国へ戻る予定は端から無かった。 影に潜み、暗闇から暗闇へ。影を伝って西大陸へと続く大森林へと入る。 鬱蒼とした深い森はどこもかしこも影だらけで、影を操れる自分は移動が容易になる。 必要な荷物は予め影に仕舞っておいた。 西大陸に着いて最初の街で宿を取り、痛む鳩尾を確認すれば、赤黒く痣が出来ていた。薄く血も滲んでいる。 フィリアナを回収し、女神を諦め、ギリギリのタイミングで『切った』筈が、余波だけでこれとは。 「護符もボロボロだね。特級なんだけどな、コレ」 衣服の下に忍ばせた護符は、取り出した瞬間に、黒く焦げた様を見せ、少し力を入れればボロッと崩れた。 「これで手加減をしてるなんてね、あの側近はなんて化物なんだろう」 今頃、大神殿は大忙しだろう。 ムーダン王国側からしてみれば、欠席と神殿へ返答したにも関わらず、大神殿には出席との返事がなされ、あまつさえ王子が出席していたのだ。従者も連れて、堂々と。 しかも、その王子が忌み地に封じられた邪神と通じて混乱を齎したのだ。 「本気で逃げた鬼ごっこは、案外面白かったかな?」 子供の頃に付き合いで参加させられ、何処が面白いのか理解不能な遊びだったが。 なるほど、今になって漸く分かった気がする。 聖騎士達のあの気迫は凄まじかった。 殺す勢いで放たれた攻撃魔法も、包囲せんと追い掛けてくる捕縛魔法も。 あれは漁師に追われる魚になった気分だった。 熱いシャワを浴びてスッキリすると、簡素ながらも、そこそこ寝心地の良いベットに横になる。 普段なら眠らずともコンタクトを取れるが、今日は魔力体力の双方が限界だ。 「たまには僕の夢の中で合うのも良いだろう?」 ーーーー父上は、永遠の夢の中へ行ったかな。それとも回避しただろうか。 誰が罠を踏むだろうか。 踏むなら王弟の叔父か、はたまた宰相か。 ムーダンの現国王の一人息子、サジルは目を閉じると、夢の中へ旅立った。 ##### 「やぁ、さっきぶり、とでも言おうか」 いつもの空間に丸いテーブルとチェス盤。 違うのは幼い少年ではなく青年の所だろう。それと、血の様な赤いワインがグラスで二つ。 「失敗しちゃったね。でも、あの子ならきっと僕を追いかけてくる。これがあるしね」 サジルが取り出した青く輝く花は、花弁が一枚欠けている。 フィリアナとか言う小娘から取り出したようだ。 というよりも、花が、もう小娘の中には入らないのだろう。 「まずは顔を変えないといけないね。僕も、あのフィリアナって子も。ああ、名前はどうしようか」 《小娘のギフトを使えば難しくないだろうに》 「ああーそうかな?そうだね、うん。そうそう、名前と言えばーーーー貴方に名前を付けたいと思うんだ」 無理だろうと告げる。どれ程の力を必要とするのか、とてもじゃないが、サジルの力だけでは足りない。 エルフリンデの国が丸ごと潰れても、足りなかったのだから。 東と西とで終結に導かれ、邪魔をされたがーーーー封印は解けなかった。 その事を聞いて、サジルはカララと笑う。 「だからアプローチを変える。ねぇ、信仰は貴方の力にはならない?外から開けられないなら、内側は?力を奪われたなら、僕が貴方にあげる」 名を、力をーーーー信仰の力で我に与えると言うのか。 「実験してみる価値はあると思わないかい?今は小規模だけどね。それでも貴方に僅かでも力が宿るのかは、試せるんじゃないかな?」 小娘を聖女として祭り上げるのか。馬鹿だぞ、この娘は。 「貴方の妹、としても面白いと思わないかい?少し覗いただけでも、とっても愉快な夢を見ていたよ。この子」 何もない空間に小娘のストロベリーブロンドが広がる。 まだ意識は戻っていない。 《ーーーー断る》 「一刀両断だね。冗談だよ。半分は本気だったけど。馬鹿なのはーーーー躾ればだいぶマシにはなる。飽きたら捨てれば良いだけだ。いつものように」 馬鹿な娘の事はともかく、信仰の力とやらを試すのは面白そうだった。 「面白そうだろう?その為に種を蒔いておいたんだから。朝になったら移動しよう。この宿は悪くないけど、僕の趣味に合わないからね」 遊び場にそれぞれ別邸があるようだ。見物用の。 《朝は待たない方が良いだろう。お前の力を観察しているかもしれない》 「ああ、もしかして『逃がしてくれた』のかな?東の君は。これで『返した』とか有り得そうだね」 ある程度分析したら、ここも踏み込まれるだろう事は、この男は言わずとも解るだろうに。わざとらしい。 「東の君って性格悪いんだ。聖騎士は本気だったんだけどねぇ」 お前には言われたく無いだろうよ。 「疑似餌もばら撒いて置いたんだけど、神様にはお見通しって訳かな?まぁ、簡易的な物になってしまったし、仕方がないね。あぁ、もう少し休みたかったけど、移動しようか。ーーーーとても、慎重にね」 翌朝、聖騎士が踏み込んだ部屋には、痕跡一つ残らない空間しか無かった。
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